機械歩兵は救われない

worm of books

1 械逅の街


 〈…周囲環境を再確認スキャン。……認識。戦闘の障害となり得る生命反応バイタリティーはありません〉

 〈オーケーオーケー、ブラッディ・ブラッド。そのまま探索を続けて〉

 〈…了解。探索を続行します〉

 

 ――軽く、何気なしに小銃を上に向けてみると蒼い、蒼い空が広がっている。

 哀しいほどに蒼いそれをじっくりと見つめ、人間のものではない眼に焼き付ける。

 空は、こんなにも美しい。

 昔、人間が天国が天上にあると信じたのもこの美しさ故なのだろう。

 人が空を飛べるようになるまで、人はそこに楽園を夢見た。

 死後はそこでみんな救われる、と。

 もちろん、天上の楽園はない。存在しない。

 それはいわば、揺らめく蜃気楼のように単なる虚像に過ぎなかった。

 そして、地上にも楽園は存在しない。


 僕の足下には一人の男が転がっている。9ミリパラベラム弾で胸を撃ち抜かれ、彼は死んだ。即死だった。

 もちろん、この男は僕が殺した。

 彼を殺してしまうのはとても簡単なことだった。

 量子演算制御された弾道は一分も逸れることなく彼を貫いた。

 僕は絶対に狙いを外さない。どれだけ射撃が巧い人間でも、百回撃てば一回は外す。

 でも、僕は十万回撃ったって必ず敵の心臓をこの銃弾で抉り取ることができる。

 だから彼を殺すのは、とても簡単なことだった。

 人間が足し算を一瞬でできるように。

 僕は量子演算を一瞬で行える。

 ――機械歩兵オルタナ。人工知能を搭載した人型殺戮ロボット。見た目は人間そっくりだ。肌の質感から眼の色、髪の毛まで全て完璧に模倣されている。当然人工知能が搭載されているため、喋ることだってできる。

 戦争において人間の代替品で、完全上位互換。

 人間の姿をして、人間の言葉を話す。

 手には血濡れの小銃。

 僕――機体50ー39XXRは戦場では圧倒的だった。

 敵兵は僕に傷一つつけれない。

 この男がそうだったように。

 

 今回の作戦目標はこの街を支配していた残存勢力の掃討だった。

 大規模な空爆で足止めしたあと、僕たちのような機械歩兵オルタナが殲滅する。

 既に目標は大方達成されていて、残存勢力は僕たち帝国軍による攻撃で瓦解し、撤退を始めていた。

 僕が今していることは、その残存兵の探索だ。

 一人残らずこの街から残存兵を見つけだし、始末する。

 この男もその残存兵の一人だった。

 ただそれだけ。

 ――探索再開。瓦礫が散乱する道を歩く。この道も空爆で穴が空いていたり割れていたり、と歩きにくく少し面倒だ。めくれたアスファルトや死体をよけながら探索を続ける。

 首都近郊のこの街セラフィムはそれなりに栄えていた都市のようで、道沿いにはビジネスビルやオフィスが多い。

 その高層ビルも、大半が崩れ、道路にその身を横たえている。

 ――これはこのまま歩いていても埒があかないかな。

 何しろ、こんな障害物が多い場所じゃスピードが出せない。

 というわけで僕はとりあえず。8メートルほど。

 文字通り、浮いた。

 自動姿勢制御が浮いた同時に作動し、僕の空中浮遊姿勢を安定させる。

 ――空中移動。

 一旦安定してしまえば気流を予測して自由に飛行できる。全く飛行に適していない僕のようなフォルムでも、帝国の最新技術は悠々と浮遊させる。

 人間が作り出した、人間を遙かに凌駕するもの。

 人工知能。機械生命。代替歩兵。

 故に、僕には様々な機能が備わっている。

 そのうちの一つが、空を飛ぶこと。

 人間にはちょっとできない芸当だ。

 適当に方向を定め、飛行を始める。

 気温は19℃くらい。地上より少し冷たい風が金属表皮メタリック・ボディを撫でた。

 生命反応バイタリティーは……ない、か。

 こうしてみると、スケールの大きな隠れんぼのようにも思えて、可笑しい。

 僕は空を駆ける追跡者トレーサーだ。

 上空から俯瞰すると、この都市セラフィムの構造がわかる。

 主要な幹線道路沿いにビルが林立していて、そこを基点にデルタ状に団地や住宅が広がっている。

 典型的な人口過密型都市だ。

 そのぼろぼろになったビル群を、上空から通り過ぎていく。

 倒壊しかかっている雑居ビルらしき建物にさしかかり、

 ――――いた。

 〈…生命反応バイタリティー感知。建物内に人間が潜伏しているようです〉

 〈あー……掃討して、ブラッディ・ブラッド〉

 〈…了解。掃討します〉

 この生命反応バイタリティーは人間のものだ。瞬時に判断し、僕は降下体勢をとった。

 ビルの壁は弾痕で傷だらけだった。窓ガラスもほとんど割れているし、まあ酷い有様だった。

 ――それほど高いビルではない。窓の並びから判断して、3階建てのようだ。

 それにしても、こんなところに逃げ込むとは。

 出入り口は一カ所しかないし、一旦入ってこられたら一巻の終わりじゃないか。

 何というか、この人間の浅はかさに少し呆れてしまう。

 屋上にほとんど無音、無衝撃で着地し、ビルの内部をスキャン。

 ――この座標だと標的は3階か。

 さて、どうするか――と考えた結果、もっとも直截的にことを済ませてしまうことにした。

 僕は、そのまま自分が立っている屋上を

 轟音とともに、元々脆くなっていた屋上は崩れ去った。

 その煙に紛れ、僕は階下に自由落下し、着地する。

 標的は、そこにいた。

 「ひゃっ……!来ないで、よ!」

 僕の視覚情報から中央処理コンピュータCPUが解析し、この人間は「少女」の部類だと告げている。髪は銀髪、肌は白色、背は少し低い。

 ――まあどうでもいいけれど。標的の性別がどうであれ容姿がどうであれ僕が殺すことに変わりはないのだから。

 怯えながら後ずさる少女に、そのまま銃口を向ける。

 〈掃討して、ブラッディ・ブラッド〉

 〈…了解。掃討します〉

 「ま、待って。私はまだ……」

 まだどうしたんだよ。やり残したことでもあるのか。この世に未練でもあるのか。

 そんな人間の執着心なんて知ったことではない。

 そして、僕は引き金を引く。



 ――引いた、はずだった。



 「予期しないエラーが発生しました(ENー032)。敵味方識別IFFを再構成して下さい」

 おかしい。何度引き金を引いても無駄だった。

 僕の眼はこの少女をしっかり捉えている。あとは決められた弾道が彼女の呼吸を止めるはずだった。それなのに、IFFからの割り込みシーケンスは依然「エラー」を表示している。

 〈どうしたの、ブラッディ・ブラッド。早く掃討を〉

 〈視覚野にエラーが発生しています。IFFが機能を停止しているようです〉

 おかしい。何かが狂っている。

 おかしい。おかしい。

 何がエラーを…

 焦りながら少女を見た瞬間。

 ――波濤のような、大火のような鼓動を感じた。

 震えるほど大きく、眩むほど激しくその鼓動は続いた。

 一体、何が……何が起こっている?


 視覚ウィンドウでは「エラー」が騒ぎ立て、もう何も見えない。

 立ち籠める砂煙の中、僕はただ呆然と、馬鹿みたいに銃口を向けたまま少女をウィンドウ越しに見ようとする。

 エラー。エラー。IFF、機能停止。エラー。エラー。

 エラー。エラー…………

 

 ――セラフィムの片隅、廃ビルの3階。

 2人は邂逅する。

 片方は人間。もう一方は機械歩兵オルタナ

 片方は銃口を向け、もう一方は壁に体を押しつけ、ただ怯える。

 立ち籠める砂煙。絶え間ないエラー。交差する視線。

 これはまだ、ほんの前編の話。

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