49 人工知能がツキを呼ぶ

 校長との面談が終わり、壊れた心を抱えてグラウンドに出ると、選手たちは熱のこもった練習をしている。新キャプテンの白石を中心に1・2年生たちが各ユニットに分かれて、話し合いながらスキルの確認をしている。

 新チームのテーマは「リトライ」と「スピード&クオリティ」だ。

 悔しさをモチベーションに変え、バナナラグビーをより高次元に進化させるための計画を策定し、それに沿った強化を図っている。

「集合!」

 白石は三谷の周りに選手たちを集め、今日の進捗しんちょくを報告する。

「オッケー、順調だな。じゃあ、18時から体幹のトレーニングをするから、それまで今の練習を続けよう」

 選手たちはLEDライトのように輝く瞳を三谷に向けながら、大きく返事をして、再び持ち場に向かって走って行く。そのたくましい背中を見送りながら、三谷はたまらないほどさみしくなる。

 ここのところ宇田島は全く姿を見せない。あの人が自分をこの向津具学園ラグビー部に呼び寄せ、3年経った今、ラグビーから追い出すのだ。もはや怒りしかない。マグマは沸々と燃えている。

 

「そんなバカな話があっていいのか?」

 太多は声を上げる。

「どうあがいたって抵抗することはできそうにないね。所詮、俺も、組織の一部なんだよ」

 三谷はそう言い、冷蔵庫から取り出したハイボールの缶を空ける。ウイスキーの香りが立ち上がる。

「すべてはあのジジイの仕業しわざか。勝手にトコを入部させた頃からあやしいとは思ってたんだ。ようするにアイツは、向津具学園のラグビーが強くなるよりも、自分の思い通りに物事が進むことの方が大切な、とんでもないわがままジジイだったわけだ」

 太多も怒ってくれている。今日のハイボールは、なぜか、苦々しく感じられる。

「あの人はGMなんだから、従うしかないんだよ。ただ、問題は、来年の部署にはもっと厳しい人間関係が待ち受けてるんだ。パワハラの世界だよ」

「で、どうするんだ? その学校にいるのにラグビー部に関わらないという生活が考えられるのか? スリーアローズは、お前が死にものぐるいでここまで育て上げてきて、せっかく来年は花園に出られるのに、他の監督に手柄が行くんだ。その屈辱に耐えられるのか?」

「そこなんだ。今すごく悩んでる。この3年間で、俺はこの土地とここの人が本当に好きになってたんだ。もし花園に出れば、定住してもいいとまで考えてた。だから、ラグビーがなくなったらどんな生活が待っているのか、全く想像できなくてね」

「とんだ貧乏クジを引かされてしまったな」

 太多はそう吐き捨た後、ぴたりと沈黙する。そうして、再び口を開く。

「筑紫西高校に戻って、俺たちの母校のラグビー部を強くするっていうのはどうだい?」

 三谷の腹にはぐっと力が入る。実はどこかで考えていたことだ。ただそうなると、福岡県の教員採用試験を受験しなければならない。合格すれば、永住するつもりでやらなければなるまい。

 三谷のビジョンはあくまで大学の教官になることだ。それに、これまでは奈緒美のこともあった。はたして彼女が九州まで来てくれるだろうかと。もっとも、奈緒美への配意は、もはや過去のことになりつつあるが……

「もし、俺にできそうなことがあれば、遠慮なく相談してくれ。三谷の情熱と指導力があれば、ラグビー人口の拡大につながるかもしれない。それに、人工知能を採り入れた戦術構築にもめちゃくちゃ興味がある。今後、日本ラグビーを大きく返る可能性を感じるよ。お前には大学との強いコネクションもあるからね」


「そうかー、それは残念やなあ」

 山本正由は珍しくすぐに電話に出た。多くの企業と提携しているために、日頃は海外にいることが多いのだ。

「それで今、来年の身の振り方を考えているんだ。お前みたいに大学の教官になれればどれほどいいだろうと思いつつ、ラグビーと高校生への思いを断ち切れないでもいる」

「せっかくチームが軌道に乗ってきたんだからねえ。しかも、人工知能はミスなどの不測の事態に対応することが難しいという研究テーマを俺に報告するほど、高校生たちのレベルが上がったというのは、すごいよねえ」

 妖怪を思わせる深い目つきで話す山本の顔が想像できる。

「あれからウチの院生に宿題を出したんやけどね、ミスを予測するためには相手の表情とか体温を分析して、心理状態を出力するという方法があるみたいだね。選手たちには小型カメラを付けたウエアラブル端末をヘッドキャップに埋め込んで、画像を基に音声で出力する装置を作れば可能かもしれん。でもそれってさ、現実的には不可能よね。よくよく考えたら、スポーツにおける人工知能とは、補助的なツールでしかないっていう当たり前の事実にたどり着いたよ。いやあ、ずっと研究室に引きこもってちゃ決して気づかんことを示唆してくれて感謝ですよお。選手のみなさんにお礼を言っといてちょうだいね」

 さすが大学教授だ。いかなる話題も自分の研究に引き込んでくる。

「お前の声を聞いて、なんだかほっとしたよ。ありがとう」

 最後に三谷は言う。山本と話をしていると、体内の回路が再稼働して電流が流れ出したのを感じるから不思議だ。まるで修理してもらったみたいだ。

「いえいえ、どういたしまして。こっちもすごく楽しかったですよ。やっぱり、スポーツっていうのは、人間がやるからミスもあるし、面白いんだねえ。まあ、それと同じかどうかわからんけど、三谷も人間だから悩むんだし、仮にお前の悩みの解決方法を人工知能が出力したとしても、ちっとも面白うないですぜ」

 山本はそう言った後、例のウキャッという笑いを響かせて電話を切る。

「サンキュ」

 三谷はスマホに表示された「通話終了」の文字を見つめながらそうつぶやく。


 山本はツキを呼び込む男なのかもしれない。

 翌日の土曜日、突然、奈緒美が電話をかけてきたのだ。

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