46 みんなの夢を乗せた《トライ》

 怒りをあらわにするスリーアローズ陣営とは対照的に、選手たちは互いに声を掛け合って、冷静に陣形を確認している。相手ボールのスクラムだが、ゴール前のビッグチャンスでもある。

 すでに後半が始まって20分近く過ぎている。 

 選手たちが何を考えているか分かっている。相手はキックを蹴ってくるからBKSは正確に処理すること。その後、カウンター攻撃を仕掛けてバナナでトライを狙うこと。

 予測通り、周防高校はキックを選択する。だが、藤澤峻一は、風下ということもあるし、スリーアローズのプレッシャーが強いことを知っているために、いったん外にパスを放り、13番に蹴らせる。

 フルバックの白石にはこのパターンもイメージできていた。皆で作成したゲームマネジメントに含まれる動きだったのだ。

 白石は1バウンドでキャッチし、そのまま、ずらしながらの突破をはかる。両サイドには松川と藤山のサポートがついていて、素早くエビラックを作る。

 ボールは神村に渡り、準備万端なバナナのライン攻撃へと切れ目なくつながる。1番外で待ち構えていたのは三室戸だ。高校生活の全てをぶつけるかのような猛突進で相手ウイングをはねのける。とはいえ、ゴール前ということで、周防高校のディフェンスも分厚い。

 その時、外から「ナンバーズ」の大コールがかかる。それに三谷と太多が続き、トコもアルペンホルンのような声で叫ぶ。

 神村は声のする方へとパスを回す。三室戸を止めるために人数を割いていた周防高校のディフェンスは外へ行くほど手薄になり、白石はフリーになっている。

 そこに向けて、10ヶ月磨いてきた正確なパスが放られる。時間をかけて熟成された、チームの想いがこめられたパスが、丁寧につながっていく。

 浦からのラストパスを白石が受けたとき、もはや目の前に周防高校の選手の姿は見えない。

 皆の努力の成果を運んだ背番号15は、晩秋の光の中に滑り込むようにトライを決める。スリーアローズの応援席からはっきりと見える位置だった。レフリーも今度は手を高々と上げる。

「よぉぉぉーーーーーーーし」

 太多は両手を挙げてガッツポーズをする。観客席も大騒ぎになる。揺れる大漁旗の影がベンチに揺らめく。奈緒美の幻影も立ち上がっている。

 これで5対7。神村がキックを決めれば同点だ。

 会場は静まりかえる。

 ルーティン通りに助走をつけ、しなやかに蹴り上げる。ジャストミートの音が響いたかと思うと、ボールは規則的な回転で弧線を描き、右側のポールのほぼ真上を抜けていく。誰もが入ったと信じ、左側のジャッジの旗も上がりかけた。だが、右のジャッジは首を振る。ついに旗は上がらない。ノーゴールだ。

「うそだ、入ったろ」

 三谷はゴールに人差し指を向けて抗議するが、認められない。レフリーのジャッジは覆すことができない。


 選手たちはノーゴールを気にしているようには見えない。闘う姿勢で周防高校のキックオフに備えている。

 蒔田に残り時間を聞く。あと3分です、と返ってくる。

「大丈夫だ。20秒あればトライは取れるんだ」

 太多はそう言い、BKSの守備位置を微調整させる。周防高校は逃げ切ろうと考えているらしく、動きがゆったりしている。今のトライにダメージを受けているのだ。また同じ攻撃をされたらディフェンスはついて行けないと分かっている。

 藤澤峻一はやはり奥に蹴ってくる。風を考えた低いライナー性のキックだが、浦がやすやすとキャッチし、そのまま走り込んでいく。

 周防高校のベンチからは、普段は温厚な仲野監督の怒声が響く。

「止めろ!」

「ぶっ潰せ!」

「殺せ!」

 悲痛のうめきのようだ。

 残り時間が少ないと分かっている浦は、決して無理をしない。ミスをしたらたちまち相手ボールになり、時間稼ぎをされてしまう。ジ・エンドだ。丁寧なパスとエビラックで、確実に前進する。試合を決めるのはチームの総合力であり、それはバナナラグビーなのだ!

 ふたたび三室戸が一番外でパスを受け、さっきよりも勢いを付けて相手ウイングを吹き飛ばす。それからFWで細かくパスをつなぎ、ブルドーザーのごとく、ぐんぐん前進したところで、再び「ナンバーズ」のコールがかかる。選手、ベンチ、そして応援団が声を揃える。それは夢の扉を開くための、パイオニアたちに向けられた大合唱だ!

 数的優位に立つ白石に向けて再び美しいパスが続く。全ての心がボールと共につながっていく。

 2年前、初めて向津具学園に赴任したときの、あの絶望的な孤独から2年と半年。チームがこんな舞台でこんなにすばらしいプレーができるまでに成長したそのプロセスが、パスと同時に1コマ1コマ浮かんでくる。

 ああ、俺がここに来たのは、今のこの瞬間に巡り会うためだったのだ。そんな強い想いが源泉のようにこみ上げてくる。

 決勝は神村抜きで戦うことになる。だが、この子たちならきっとやってくれるはずだ。花園に出るのは、オレたちスリーアローズなんだ!


 ラストパスが白石に渡り、さっきと全く同じトライパターンになった瞬間、三谷は無意識に立ち上がる。

 トライに持ち込む体勢になった時、黒く大きな影が突然視界に現れる。それは電気回路のコンバーターのごとく、流れを大きく変える影だ。

 影は白石と激突し、その手にあった楕円形のボールが衝撃ではじき出される。少年の手からこぼれたポップコーンのようだ。

 気がつけば白石は仰向けにひっくり返り、ボールはタッチラインの外を転がっている。白石の上から起き上がったのは、周防高校の加藤雄大だった。


 それから後の光景を認識していない。

 レフリーが長くて大きな笛を吹きながら両手を挙げ、黒いジャージを着た選手たちは跳ね上がり、逆に朱色の選手たちは膝から崩れ落ちている。

 

 終わった? 

 すべてが、終わったのか……?

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