10 新メンバーが停滞した空気をも変える
❶
県大会から2週間ほど経った水曜日の放課後、ウインドブレーカーのジッパーを上げながらグラウンドに入った三谷に向けて、見慣れぬ2人が愛犬のように駆け寄ってくる。すぐに新入部員だと分かる。
体格の良い生徒が、
「君たちの目標は?」
三谷が聞くと、三室戸が言い切る。
「花園に出たいです」
その瞳は光っている。
「君は?」
今度は浦に聞く。彼は、はにかみながら答える。
「とりあえず体力をつけたいです。身体を大きくしたい、です」
三室戸に比べると身長も低いし、身体の線も細い。
「三室戸君は、中学の時は何部だったんだ?」
「サッカー部でした。キーパーやってました」
「いいねえ。じゃあ、キックとかボディコントロールとか、ラグビーでもいろいろと応用できるはずだ。浦君は?」
「僕は野球部でした」
「お、じゃあ、身体能力は高いんだな」
「あ、いや、野球部と卓球部しかなかったんです。こいつの中学は全校生徒が30人ちょいだったんで」と三室戸が補足する。
「だったら、きめ細かい少人数指導を受けてきたわけだな」とポジティブに返すと、浦はまたはにかみながら、あ、いや、まあ、と言う。
「よし、俺も君たちの目標が達成できるように全力を尽くすから、まずはラグビーが楽しくなるように、1つずつ覚えていってくれよ」
三谷は心の底からそう言い2人と固い握手を交わす。
さっそく2人は部室でジャージに着替え、練習を見学する。三室戸はすでにラグビー用具を揃えている。その太ももを見ると、上級生よりもたくましい。
学校ジャージを着て立っている浦はまだ正式の入部をためらっているようでもある。この2人が、のちにチームを急成長させるための偉大な選手に成長するとは、今の三谷には想像すらできない。
❷
練習が終わった後、河上屋を呼ぶ。
「あの2人はどうだい?」
「ま、普通じゃないですかね。それより、1年生がたった2人しかいなくていいんですか? このままじゃ、7人制にも出られないですよ」
「そうなんだ。これからがんばらんといかん。ただ、部員の勧誘のためにも、今年実績を残しておくことも大事だと思うんだ。向高のラグビーが強くなったという噂が立てば、意識の高い部員が入ってくるだろうし」
「でも、僕たちは次の大会で引退しますよ」
河上屋は三谷の発言に
「そこなんだ。勉強で成果を上げるためには、最後まで部活をがんばった方が有利なことが多いんだ。十分に時間がある生徒よりも集中力が高まるし、時間の使い方も工夫するようになる。なにより、受験で一番大切な体力と人間力が備わるからな」
河上屋は眉間に力を込めて、渋い顔を浮かべる。「引退する」の一点張りだったこの男も、内心では揺れ始めていることが伝わってくる。
「たぶん、秋元は、説得したらやると思いますよ」
河上屋は話の矛先を逸らす。
「そう言っていたのか?」
「いえ、直接話をしたわけじゃないですけど、あいつは15人制の試合に出たいと思っていますよ」
「だとすれば、なおさら3年生が引退したら試合に出られなくなるじゃないか」
語気を強めると、河上屋はため息をつき、じわじわと紺色に染められてきた空に目を遣る。その前髪は汗で濡れている。
「でも、実際花園は無理でしょう。周防高校とか東萩高校には勝てないですよ」
「だから、それはやってみないと分からん。君たちが本気でやるっていうのなら、俺も本気で対策を考える」
河上屋は諦めたような寂しい笑いを浮かべる。
「もし、本当にやらないっていうのなら、俺は気持ちを切り替えて、来年のために部員勧誘に走るよ。それしかできないから。でも、俺は簡単に諦めてほしくないんだよ。諦めたらそこで終わりだ。何も始まらない。それは、世の中のことについても当てはまるんだ。少なくとも、君たちにはラグビーを通じて、諦めずに一生懸命やれば必ず何かを成し遂げることができるということを体得してほしいんだ。そして、その姿勢は、絶対に勉強にも好影響を及ぼす。だって、目標に向かって最後まで努力することは、勉強もラグビーも同じことじゃないか」
「ちょっと、考えさせてください」と河上屋は口を挟むが、三谷は話を止めずに畳みかける。ここが勝負だ。
「君はキャプテンだ。少なくとも、俺よりは、今のチームのことをよく知っている。だから、最初に君が俺に要求してきたように、俺は君たちの考えを尊重する。3年生が引退するかどうかについては、君を中心に話し合ってほしいんだ」
河上屋は分かりましたと言い、軽く頭を下げる。部室へと向かう彼の背中に向かって、さらに念を押す。
「前向きに考えてくれよ。それが、ラグビーなんだから!」
その声は、校舎に反響して油谷湾の方へと消えてゆく。
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