8 悔しさとは最後の望みなんだ

 岩国中央工業は、河上屋の指摘通り、サイズの大きな選手が揃っている。

 1回戦と同じく、キックオフの直後に河上屋がタックルに入るが、思うように倒れない。それどころか、いとも簡単に突進される。

「集中っ!!」

 スクラムでプレーがいったん止まった時、河上屋はチームメイトにげきを飛ばす。自分へのストレスだ。

 それでも圧力を受け、スクラムのボールも奪われてしまう。そういえば、スクラムの練習をほとんどしていない。選手たちは明らかにテンパっている。

 三谷は思わず一番手前のポジションに立っている2年生の長谷部はせべ大樹たいきに指示を出す。

「まともにぶつかるのではなく、早めに秋元にボールを回すんだ。他の人はサポートについてパスをつなぎまくれ」

 だが、なかなか指示通りにはいかない。岩国中央工業の重量感あふれる前進をくい止めることができず、そのままトライを許してしまう。前半開始4分の出来事だった。


 小躍りして喜ぶ岩国中央工業の選手たちを尻目に、河上屋は苛立ちを見せる。三谷は再び長谷部を呼び寄せ、さっきの指示を徹底するように伝える。

 トライ後のコンバージョンキックは失敗に終わり、0対5からゲームが再開する。

 相手のキックオフのボールをキャッチしたのは石巻だった。そのまま突進しかけたが、直前で思いとどまり、すぐにパスを放る。それを受けた河上屋も外にいる秋元にパスをつなげる。

 秋元は相手のタックルに倒れかけるが、すぐにバランスを立て直し、突破をはかる。この選手がスピードに乗ると、相手は追従できない。秋元は悠々とトライに持ち込む。トライ後のコンバージョンキックも河上屋が落ち着いて決め、7対5としたところで前半終了のホイッスルが鳴る。

 不服そうな顔でベンチに戻ってくる選手たちに向けて三谷は声をかける。

「できるだけ立ったままプレーをしよう。そのためにもサポートに走るんだ。後半のテーマはボールの継続だ。攻め続けることでディフェンスの時間を減らすんだ」

 返事をする選手はいないが、何人かはうなずく。これまでチームとしての戦術を立てたこともないのだろう。


 後半が始まり、再びパスが秋元まで渡る。相手はFW(フォワード)の選手こそ身体が大きいが、外側にいるBKS(バックス)の選手は線が細い。当然秋元の方がすべてにおいて優位だ。

 彼はお得意の鋭いステップで最初のディフェンスを振り払い、次はハンドオフで突き飛ばし、最後はサポートに走った河上屋にパスを回して、いとも簡単にトライに結びつける。三谷が示したプランが早速機能する。

 結局、後半は4トライを重ね、ノーサイドのホイッスルが鳴ったときには、33対5の大差が付いている。


「ナイスゲーム!」

 7人制優勝の賞状を手にした河上屋に向かって三谷は拍手をする。

「全然うれしくないっすね」

 そう言って河上屋は賞状をマネージャーに放り投げる。

「タックル甘すぎでしょう。オレとりょう以外、皆ビビってたじゃないですか」

 河上屋は、汗で濡れた髪の毛を掻きむしる。

「まあ、でも、当初の目標は達成したからよしとしようじゃないか。予告通りちゃんと優勝したんだから」

「優勝しても、全然楽しくなかったっすね、マジで」

「そもそも君たちが目指すのが、楽しいラグビーだからな」

 河上屋はうざったい顔をにじませる。だが三谷はかすかな手応えを得ている。この子たちの闘争心に火をつけることができれば、案外、冬の花園予選に挑戦すると言ってくるかもしれない。もしそれができれば、彼らなら善戦できるはずだ。

 その時、胸元に「周防高校」と記された黒いジャージを着た選手たちがぞろぞろとグラウンドに出てくる。今から15人制の試合が始まるらしい。


 試合開始を告げる長いホイッスルが鳴り響く。

 周防高校のキックオフだ。選手たちはハイエナの群れようにすばやく相手を囲い込み、動きを止める。相手はキックで逃げるしかない。

 それにしても、15人制のゲームは迫力が全く違う。7人制とは倍以上の数の選手たちが同じグラウンドで闘うわけだから、攻撃にせよ防御にせよ、すべてにおいて厚みがある。自分は大学までこの15人制のゲームでプレーしていたことが、なんだか偉大にさえ感じられる。

 すると、さっそく周防高校が密集モールで押し込み、最後は華麗なパスワークでやすやすと先制トライを挙げる。選手たちは喜ぶこともせずに淡々と次の準備をする。ゴールキックも決まり、あっという間に7点が入る。


 たしかにこのチームはバランスが良さそうだ。特に大きな選手がいるわけでもないが、動きに無駄がない。効率よく相手の陣地に入り、常に適切な方法で得点している。

 三谷はマネージャーにビデオを撮っているかと確認する。双子みたいな2人はカメラの横で、はい、と声を揃えて返事をする。

 前半を終えて、55対0。すでに勝敗は決まっている。

 向津具学園の部員たちは、1人を除いて周防高校のゲームを見ている。その1人とは、秋元だ。彼はイヤホンを耳に差し、単語帳を開いている。


「やっぱ、強えわ」

 2年生の長谷部の声が三谷の耳に入る。

「こんなん、絶対勝てるわけねえやん」という声も聞こえる。

「そもそもオレたちは部員が15人揃わんしな」

 そう言ったのは、今日初めて顔を出した3年生の高桑だった。

「やればできると思うぞ」

 三谷は彼らに歩み寄り言う。すると石巻が鼻で笑う。

「無理でしょう、絶対」

「世の中に、絶対、っていうことはありえない。一生懸命にやればたいていのことはできると俺は信じてるんだけど」

 三谷が反駁はんばくすると、河上屋が口を開く。

「でも僕たちは最初から花園に行こうとは思ってませんから」

「行きたくないって言うのか?」

「行きたくないわけじゃないけど、周防高校に勝つためにはすべてを犠牲にしなけりゃいけないじゃないですか。僕たちは勉強が忙しいし。ラグビーで進路が決まるわけじゃないんで」

「でも、周防高校の選手たちはみんな文武両道しているって聞いたぞ」

 三谷は思わず声を荒げる。

「条件が違いすぎるんですよ。僕たちは部員もいないし、長門みたいな田舎にあるから練習試合もできないじゃないですか」

 河上屋は、まるで部員たちの代弁者とでも言わんばかりだ。

「これから条件を整えていけばいい」

「いやいや、どうせ、勝てないですって。もう手遅れですよ」

 河上屋の言葉と同時に、後半が始まる。

 自分たちのやりたいようにゲームを運ぶ周防高校のプレーの前に、向津具学園の部員たちは再び沈黙する。諦めに満ちた河上屋の言葉を実証するかのような一方的な展開だ。

 結局、125対0のワンサイドゲームとなる。

 向津具学園の部員たちに、7人制の優勝の喜びは全く感じられない。むしろ敗戦ムードが漂っている。3年生たちの引退に拍車がかからなければいいがと三谷は危惧する。

 

 帰りの車を運転しながら、ハムスターのように寄り添って寝ている部員たちを見て思う。いちばん大事なのは、君たちの意識なんだよ、と。そこに火を付けるためには、何をどうすればいのだろう?

 学校に着くまで同じことを考え続けるが、結論は渦の中に巻き込まれたままだった。

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