3 行儀よく真面目なんてクソ食らえだ
❶
練習後、制服に着替えた2人の部員が歩み寄ってくる。キャプテンの河上屋と副キャプテンの石巻だ。
「どうした?」
「ちょっと、いいですか?」
口を開いたのは河上屋の方だった。石巻は首にタオルを掛けて、河上屋の横に黙って立っている。
「もちろん。練習の相談か?」
「はい、そうです。言っておかなければならないことがあるんで」
河上屋は、三谷の胸元辺りに冷淡な視線を送る。
「僕たちにはやりたいラグビーがあるんです」
「いいことじゃないか。どんなラグビーだ?」
「楽しいラグビーです」
「大事なことだ。俺も同じ考えだよ」
「三谷先生は東京教育大でラグビーをしていたという噂ですが、それ以降ラグビーには関わってないんですよね?」
その通りだ。それでも、他のスポーツの監督をしながら、ラグビーへの思いはずっと根幹を支えてきた。だが、そんなことは言うまい、まずは河上屋の話を最後まで聞こう。
「その長いブランクの間、ラグビーはすごく進んでるんです」
思わず腹筋に力が入る。どうやら完全に見下されているらしい。だが、もう少し待つことにする。教師として感情的になると、半分以上の場合、後悔が待っている。
「僕たちには、僕たちのやり方があります。だいいち僕たちは1年の時から中角さんに指導してもらって、その感謝もあるし、僕たちは中角さんを信じてここまでついてきたんです。だから、来たばかりの先生に、正直、余計なことはしてほしくないんです」
河上屋の言葉1つ1つが三谷の心の深いところに刺さり、ダメージを与える。これまで、生徒に言われたことのない冷え切った言葉だ。
「どうせ僕たちはもうすぐ引退するんで、それまでは、僕たちのやり方を尊重してほしいんです。三谷先生が教師であるなら」
「引退はいつ頃を予定してるんだ?」
河上屋は石巻の方を見て、去年の先輩たちと同じでいいやろ、と小声でたしかめ、「6月の県大会で引退します」と言う。
「そうか、あと2ヶ月なのか。なんか、残念だな」
そう言っても、河上屋の表情に揺るぎはない。
「ところで、このチームの目標は?」と三谷は話を逸らす。
「特にはないですね。僕的には、タックル中心のラグビーをさせたいですけど、ほかのやつらが何を考えてるかはよく分かりませんね」
「なるほど」
そうとしか返せない。
「お、そういえば、河上屋君はバスケのクラブチームにも入っているみたいだな」
河上屋は、どうしてそんなことを知っているのかという表情で見返してくる。
「僕はバスケの方もやらなきゃいけないんです。そっちのメンバーを裏切ることもできませんし」
「じゃあ、ラグビーの練習に出れないときもあるんだな?」
「ありますね。週2でバスケに行きます」
「試合が重なることはないの?」
「ありますよ、もちろん」
「そういうときはどっちを優先するんだ?」
「ケースバイケースですね、試合の重要度によります。っていうか、そのことについてはみんな理解してるし、中角さんも分かってくれてましたから、全然問題ないですよ。今僕が言ったのは、そういう面も含めて、僕たちの考えを尊重してほしいんです。教師なら」
❷
職員室に戻りながら、徐々に憤りが沸き上がっているのを感じる。たしかにそれは河上屋に対する憤りかもしれない。だが、どうやらそれだけではないらしい。
選手のわがままな主張を許してきた前監督、河上屋の意見に反論さえ持たない他の部員、現に今日も全員揃っていない。新しい監督を迎える日だというのにだ。
しかも、河上屋は教師なら生徒のやりたいようにさせるべきだという発言をした。その言い切りように、なんだか自分に非があるような気さえする。もしかして自分は新しい教育というものについて行けていないのではないかと不安にさえなる。そのうち、自分がここにいることにすら憤りを感じ始める。
大学時代の監督から、向津具学園でラグビー部の顧問になってみてはどうかという話を持ちかけられた時は、プライベートも含めていろいろな障壁があり、死ぬほど悩んだが、最後に決断したのはこのスポーツの指導者になることへの憧れがあったからに他ならない。
しかも、部長やコーチとしてではなく、監督として思い通りにチーム作りを任せられる。この向津具学園の生徒は真面目で、向上心もある、地域社会からの期待も大きいからやりがいもある、そんな事前情報すべてを意気に感じてこの山口県まで来たのに、話が全然違うじゃないか!
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