第73話 繁殖
金属生命体群の生殖は、いわゆる世代交代の形をとる。
人類が知るそれは、異なる生殖を行う2通りの体が、生物の生活環において交互に出現することをさす。例えばシダ植物の場合、本体の胞子嚢で作られた胞子は単独で発芽。前葉体となり、卵と精子を作って受精卵ができると、それが発芽して再びシダの本体が現れる。
あるいはクラゲ。水中を回遊するこの生物から生まれた子供は、親とは似ても似つかない。岩に固着し、口の周囲に触手を生やしたポリプとなるのだ。やがて分裂したポリプはそれぞれがクラゲとなり、再び繁殖する。
もちろん、異星の種である。地球の生命の振る舞いと金属生命体をそのまま比較することに意味はない。そもそもの生命構造自体が根本的に異なる。されど、それを差し引いた上でなお、金属生命体の生殖は、世代交代と似ている。と言えないこともなかった。
一例を上げれば、艦艇型の個体がどこかの小惑星に着陸する。内部から多数の下位個体が放出され、たちまちのうちに何百メートル。場合によっては何十キロメートルという金属のドームを創り上げるだろう。それはドーム自体が一個の金属生命体であり、そして工場でもあるのだ。彼女は多数の下位個体を創造し、資材を集めさせ、そして自らの子孫である艦艇型を。あるいは別の大型金属生命体を生み出すのだ。
◇
遥の自我を生み出しているのは、差し渡し0・05光年もある広大な領域に多数配された下位個体群からなるネットワークである。そこには100キロメートルもある巨大な天文観測用のものもあれば、ガスジャイアントで元素を採集しているものだってあるし、灼熱の惑星上で四本脚の作業用下位個体より受け取った資源を宇宙に射出するタイプのマスドライバー型金属生命もいる。どれもが遥であり、そして遥の一部分でしかない。細胞のようなものだ。
だから、これら多数の下位個体たちは、自らが遥の支配下にある事に気が付かない。それを考えるのは遥の役割であって、彼女らの役割ではないからだった。彼女らに与えられる情報が限定されている、とも言えた。逆に、遥は個々の下位個体の働きに頭を悩ませる必要はない。体機能が意識せずとも自然と保たれるのと同様に、
自我を取り戻した遥が一番にしたことは、生まれ変わった自分自身の把握である。100年もこの体で過ごしていたから大体のことは把握していたとはいえ、これからは今まで以上にこの新たな肉体を酷使するだろうから念には念を入れておきたい。
自らの隅々までを熱心に調べた遥は、落胆した。分かっていたことではあったが、今一番欲しい機能が備わっていなかったからである。
35メートル級指揮個体の建造能力が。
金属生命体群の中枢に近い―――百光年に満たない―――とはいえ、遥が設置されているのはある意味で辺境である。ここから先には超巨大ブラックホールしかない。居住にも交通にも難儀する場所である。遥は。いや、その器である観測網は、天体観測及び万が一の事態に備えて配されているのだった。
自己を維持していくだけなら問題ない。観測網を強化することもできるだろう。慣性系同調通信能力もある。その気になれば、100億人ばかりの人間が快適に暮らせる
その程度の工業力では造れないのだ。突撃型個体や仮装戦艦、襲撃型指揮個体などの亜光速戦闘型は。量子レベルの超・高々度微細作業が可能な、工場に相当する金属生命体が必要だった。
そもそも遥は、それらの指揮個体の設計データを持っていない。実現するための科学理論については知悉していたし、必要な情報処理能力もあったが。金属生命体群は五百年かけて突撃型指揮個体を生み出したのだ。遥だって時間をかければ同等のものは設計できるかもしれない。あるいはデータを金属生命体群より調達してくることも可能ではある。工場だって時間をかけて自己開発することはできるだろう。なんといっても、星系ひとつぶんの
だが、目立つ。
そんなものを自前で作り始めれば、間違いなく金属生命体群に露見する。そもそも遥の存在が今だに白日のものとなっていないのは、忠実に今まで役目を果たして来たからだった。あまり目立つことはすべきではない。
35メートル級指揮個体なしでブラックホールへ突入するのは論外だった。転換装甲で出来た頑丈な、そして小型の躯体がなければ、いて座A
―――まるで、タイムトラベルを行うための兵器だ。
検討を進める上で、そんなことを思う遥。
考えれば考えるほど、突撃型指揮個体の時間遡行兵器としての優秀さには驚かされる。これほどの存在が1万1千5百年以上前に設計され、改良を繰り返されながらも現代まで生産され続けているとは。
とはいえ、ある種の兵器がそれだけの期間存在しているという事自体は驚くに値しない。人類だって刃物や弓矢を、高性能化しつつも何千年も用いて来たではないか。火器が戦争の主流になったのは人類史上ごく最近である。
金属生命体群は、ある段階で兵器改良の根本的なブレイクスルーを必要としなくなったのだろう。科学技術で先行していた中華圏やイスラム世界が、改良しなくても社会を運営していけたが故に西欧諸国に追い抜かされたように。単純に物理法則上の到達点が亜光速戦闘兵器であるという可能性も捨てきれないが。
―――さて。どうしたものか。
思案の時間は、短かった。
自分で作ることができないならば、ある場所からとってくるしかない。自明の事柄だった。
遥は準備を始めた。金属生命体群の中枢へと旅立つ準備。自らの分身ともいえる多数のエージェントプログラムを創造し、そして通信回線を通じて送り出すための。
自らの魂を移し替えるべき躯体を、奪取するために。
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