第70話 鶫
特異点砲は天体破壊兵器である。原子核より小さなマイクロブラックホールはいかなる物質もたやすく貫通し、内側に潜り込んだ時点で持てるエネルギーを解放。その破壊力は、周囲の物質の原子核を砕いてエネルギーへと転換しながら拡大するのだ。最終的に、持てる質量を遥かに超える熱量を解放して破滅的な結果をもたらす。大陸程度ならばたやすく消し飛ばしてしまうほどだった。
ガスジャイアントの衛星。地球に匹敵するほどの質量を持つそこは、すでに何時間も前から金属生命体群によって包囲されていた。数十キロもの面積を持つ無数の観測帆。そしてそれを展開する仮装戦艦たちによって、氷の下に潜む者どもの位置は明らかとなっていたのである。目標の捕獲を困難と判断した金属生命体群は、行動目的を撃破に変更。特異点砲による砲撃を加えた。
果たして。
何十発もの砲撃を受けて崩壊しつつある星から、小さな、しかし強力な空間の変動が飛び出してきた。
◇
されど、幸運もそこまでだった。
加熱した詭弁ドライヴが停止。衛星の軌道上に放り出された鶫は、見た。
光溢れる星天ですら、陰るほどの大軍の姿を。
わずか
絶望的な状況だった。これほどの数に包囲されて逃げおおせることなどできようはずもない。
無数の火線が四方八方より交叉し、そこに身をひねり込んだ鶫の至近距離で巨大なエネルギーが炸裂。突撃型相手の特異点砲は照明としての意味合いが強いが―――吸収しきれないエネルギーの反射、あるいは出来る陰を観測する―――すでに十分傷ついていた鶫の肢体を痛めつけるには十分だ。
そして、彼女らが来た。
紅。黄金。蒼。銀。灰。空間を飛び越えて来たのは、刃の四肢を備えた少女的フォルムを様々な色彩で飾った突撃型指揮個体たちが十あまり。
鶫の姉妹。すなわち
出現した彼女らは、機械のように。いや、それ以上に正確かつ冷酷に、鶫を破壊していく。
蹴り。突き。頭部主砲が火を噴き、
鶫の後頭部が展開し、髪のごとき放熱板が広がる。バイザーがスライドし、そして保護されていた主砲身が活性化。左眼から連続で投射されるレーザー光は、小天体程度ならば破砕し得る破壊力を備えていた。しかしそれは蟷螂の斧に過ぎぬ。数が違いすぎた。
もはや勝ち目はないことを悟った鶫は、己の空想。そこに、大切に保護した友人へと顔を向けた。
「―――先輩。私はここまでです。ごめんなさい」
「いや。謝るのは私の方だ。すまなかった。こんなことに付き合わせてしまって」
遥は、晴れやかな笑顔を浮かべて答えた。もはや彼女も理解していた。自分たちが助からぬことを。十分だろう。己は、人類史上最も遠くまで来たのだ。最高の友達と一緒に最期を迎えられるのであれば、それも悪くはないと思えた。
「いいんです。先輩。いえ。
―――遥。私は、貴女のお役に立てましたか?」
「―――もちろん、そうだとも。ありがとう」
「よかった。それを聞けて安心しました。
先輩。私はここで死にます。けれどそれは、予定が早まっただけの事。どのみち、歴史を変えれば私は消える存在です。悲しまないでください」
「何?何を言って―――」
遥は、死に行く親友の言葉に疑念を抱いた。ここで二人とも死ぬ。そのはずであるし、遥にはその覚悟があった。なのに、鶫の言いようはなんなのだろう?
まるで、遥だけは助かるような物言いは。
「うまく行くかは分かりません。こればっかりは運任せです。けれど、貴女ならきっと大丈夫。その強運と、そして何よりも強い心があれば、私なしでもやっていけます。
さようなら、先輩。大好きでした」
「鶫?つぐ―――」
言いかけ、遥の思考は停止。いや、彼女の全存在が停止していた。
振り下ろされた刃が肩口にめり込んだ。荷電粒子ビームが腹部に穴を開け、胸郭がレーザーで醜く溶け落ちる。
たちまちのうちに破壊されていく躯体。
もはや格闘戦能力の大半を喪失しつつあった鶫。彼女は、頭部主砲を乱射しながらも後退して。
背後から、衝撃。
見れば、
それが、致命傷になった。
コアを砕かれた鶫の肢体。それは、事前にプログラムされた通りに量子機械が活性化。自らの構造を破壊し始める。
銀の
こうして。
1万2千年の歳月を生き抜いた金属生命体は、死の眠りに就いた。
◇
時間は全てを解決する。
悲しみも。絶望も。滅びも。死すらも。金属生命体にとって、死とは病気に過ぎないから。
故に。
次に少女が目を覚ますのは、これより127年先の事である。
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