第67話 狩人とキツネ

船が、揺れた。

防御磁場が荷電粒子ビームをねじ曲げたのだ、と悟ったときには既に、遥の手は動いていた。後から付け足された仮想キーボードを叩き、船の歪んだ軌道を修正する。

背後を確認する。後方数光秒の距離に張り付いているのは何体もの襲撃型指揮個体。恐るべき命中精度だった。もちろん、単発で命中を期待するのは不可能だ。船の存在しうる位置を包み込むように連射モードで数十発1セットの砲撃を行っているからではあるが、それにしても。

───振り切れない、か。

既に何度もアインシュタイン=ローゼン橋ワームホールでの極短距離超光速航法ショートワープを敢行しているというのに奴らは離れなかった。脱落していく者もいたが。追っ手である。

残念ながらこちらはさほど強力な戦闘艦ではない。航行能力を優先して選択したからでもあるし、そもそも戦闘に優れた船は頑丈だから、徹底的に破壊されていて修復できなかった。

「やはり船は駄目か」

遥の呟きに、ここにはいない鶫が答える。

『はい。厳しいでしょう』

「やむを得ない。だ。退艦準備を」

まさかこんな台詞を吐く羽目になるとはな、と遥は苦笑。人生なにがどう転ぶか分かったものではない。これでは映画ではないか。

もちろん、後方のは、容赦などしてはくれなかった。

強烈な衝撃に、女子高生───正確には女子高生とリンクしたサイバネティクス連結体は跳ね飛ばされかけ、そしてシートベルトに押さえつけられてきしむ。生身の体なら骨と内臓が砕けていたろう。

「あいたたた……せっかくの飾り付けが」

おそらく船内各所はひどい有様に違いない。ハロウィーンの飾り付けは全滅だろう。明日には片付けるとはいえ。

『先輩。体のコントロールを引き上げます。よろしいですか?』

「十秒だけくれ」

後輩に告げて、遥は船内の様子を画像に映し出す。何年も過ごしてきた、自宅同然のそこを。

予想通りのひどい有様で、奇跡的に形を残しているものがあった。

パンプキンから作られた、ランタン。砕けながらも虚ろな眼窩を残したそいつが、こちらを見ていたのだ。

「───さらばだ」

その言葉とともに、遥は体から引きはがされた。


  ◇


弱々しい主星だった。

低質量故に核融合反応の小さな恒星を背にするのは六体の襲撃型指揮個体。かつて遥が天使アンゲロイと名付けた彼女らは、呼称の通りの神々しい姿に長大な槍を構え、前方の船を追っていた。

通報を受けて前の星系に彼女らが現れた時には、三十六体の乗る母艦六隻がいた。慣性系同調航法で消えた目標を追って二隻が跳躍し、この星系でのおいかけっこが始まる。たびたび極短距離超光速航法を行う目標は明確な敵として認定され、七十二体の指揮個体が追随した。されど船の巧みな機動に振り回されて七十二体は三十六体になり、三十六体は二十四体となり、そして今も相手の尻に張り付いているのは六体に過ぎぬ。

目標の前方にガスジャイアント。太陽になり損ねた巨大な惑星は、幾つもの衛星と氷のリングを兼ね備えている。

船は、亜光速のままリングに突っ込んだ。

───無駄なことを。

追っ手のひとりは、あざ笑った。敵の愚かさを。

奴は恐らく損傷を受けたのだろう。氷で修復のための質量を補填するというわけだ。冷却もできる。

だが、悠長に過ぎた。

ほんの少しだけ、船の速度が落ちる。

そこへ、幾つもの砲撃が突き刺さった。襲撃型たちの放つレーザービームが。

破壊はしない。奴がどこから来たか調べねばならぬ。

明らかに落ちた船足。無慣性状態が破れた。追っ手である襲撃型たちとの距離が縮まる。

襲撃型指揮個体のひとりの手が、とうとう船にかかった。

溶融し、ぼろぼろになったそれは往事であれば鏡面のように輝いていたのだろう。フレームを組み合わせた一キロほどの船体であることが確認できた。

それを制圧するべく、電子的進入を開始する襲撃型指揮個体。

その、瞬間。

船の中枢は、事前に与えられていた命令の実行を開始した。トンネル効果が制御され、船体を構成する全原子がシュヴァルツシルト半径内に。マイクロブラックホールと化す。

強烈なホーキング輻射が、全てを焼き払っていった。


  ◇


金属生命体群は、その名の通り群知性を構築する。それは通信能力の許す限りにおいて、末端に至るまでのすべての資源リソースを最適に運用できる、ということだ。

だから、彼女らの危機感はすべてに共用された。自らの内懐へと侵入者を許すなど!

中枢からほど近い。わずか数百光年の地点を通過しつつある、所属不明の航宙艦は、その存在自体が金属生命体群を動揺させた。わずかな時間哨戒網にて確認されたそれの

正体を突き止めるために、初動で二百十六。増援を含めれば万近い指揮個体の投入がなされたのである。

最終的に不明船の自沈、という結果に終わったこの事件の検証は、増援部隊によって引き継がれた。

彼女らは、気付いていなかった。

問題の船を操っていたのが同族であることに。

彼女らは、知らなかった。

その同族は、しぶとかった、ということに。


  ◇


「……行ったかな」

「……分かりません」

小声で会話するのは二人の少女。遥と鶫である。の中だから声が漏れることは物理的に在り得ないが、小声になってしまうのが人情というものだ。

ふたりが―――鶫の躯体が潜んでいるのは分厚い氷の下。ガスジャイアントの衛星のうちのひとつである。船を自爆させたどさくさにまぎれて隠れたのだった。

なんとか敵の目はごまかせたようだが、外ではまだ金属生命体がうろうろしている。下手をすると年単位で現場検証を行う可能性すらあった。

「やれやれ。前途多難か」

「大丈夫ですよ、先輩。きっと、何とかなります」

「そう願いたいものだ」

ふたりは、待った。機が来るのを。

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