第66話 真空の音色
宇宙には音楽が満ちている。
飛び交う光子。原初の宇宙から百億年もかけてやってくるクェーサーの輝き。生成されては刹那の間に消えていくミューオン。どこまでも跳び続ける
だから、宇宙で退屈することはない。そこに居ながらにして、すべてが見て取れるのだ。宇宙の果てまでも。
星系の隅に浮かぶ小惑星も、そのような存在だった。
質量は極めて小さい。十メートルもない複雑怪奇な機械の塊を核として、全方位に伸ばした花弁は各々が百キロもの大きさ。されどその構造の大半はスカスカなのだ。
観測帆と、それを展開する天体観測用の金属生命体だった。
かつて哨戒を任務としていた彼女たちは、のんびりと天文情報の取得に励んでいる。安全は確保されていた。この宙域で敵の姿が最後に観測されたのは何千年も前のこと。もうすぐ一万年を越えるだろう。
とはいえ仕事をおろそかにはしない。種族への奉仕こそが、金属生命体の喜びだったから。
そんな彼女らの下へ、侵入者が発する各種の波が届くのは時間の問題だった。
◇
船のブリッジに、警報が鳴り響いた。
「―――敵か」
「恐らく」
超光速航行を終えた直後。船のセンサーは、移動先の星系内に多数浮遊する人工物を捉えていた。ここは銀河中心領域。いるとすれば敵だけである。
警報をすぐさま解除すると、ふたりは索敵を開始。観測帆も備えるこの船は、鶫自身より遥かにセンサー性能においては高性能である。期待通りの能力を発揮するはずだった。
結果は、すぐに出た。予想通りの結果。それは、できれば外れていて欲しかった結果でもある。
「やれやれ。ひょっとしたら最後まで出くわさずに行けるか、と思ったんだが」
「そうそう都合よくはいきませんね」
遥の言に鶫は苦笑。二人は、金属生命体の共有記憶をもとにここまで進んできた。なるべく目立たぬルートをたどって。とはいえ最前線、本拠地たるこの地から2万光年以上離れた場所で戦っていた鶫の持つそれに、銀河中心領域の正確な防衛や天文に関する情報が含まれているはずもない。万が一敵に奪取されれば大事だし、必要になればその時請求すればよいのだから。
もしも鶫の共有記憶に、金属生命体群の勢力圏内における精確な天文情報があれば、船を手に入れた時点でふたりは目的を達成していたはずだった。
「見つかったかな?」
「いえ。最も近い個体でも、四光時の距離があります。急げば跳躍一回分の余裕はあるかと」
発見したのは金属生命体群が星系内に多数敷設した哨戒型下位個体。相互リンクによって群知性を構築している彼女ら哨戒型に戦闘能力はないが、慣性系同調通信能力と高い索敵能力を備える。発見されれば誰何されるはずである。もちろん、裏切り者である鶫はすぐさま通報されるだろう。
そうなれば金属生命体群は、他所から戦力を抽出してでもこちらを攻撃してくるはずだった。まともに戦えば勝ち目はない。
明るい材料もある。
情報は光速でしか伝わらない。すなわち出現したばかりの遥たちの情報が敵に伝わるまで最短でも四時間かかる。ということだった。前からこの星系に布陣していた敵勢の情報は現在進行形で収集できるから、その意味では遥たちが圧倒的に優位である。四時間のアドバンテージ。
「ふむ。奴らは放置するかい?」
「はい。私の主砲では射程圏外ですし、第一数が多すぎます。確認できている者がすべてではないでしょうし。通報される前に全滅させるのは不可能です」
「了解した。三十六計逃げるに如かずというやつだ。
さっさと尻をまくって逃げよう」
「はい、先輩」
方針は定まった。
船はすぐさま無慣性状態へとシフト。横滑りしながら、次の目的地となるべき星系への観測を開始する。
死を賭した追いかけっこが始まった。
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