第65話 カボチャのランタン
「絶景だな」
満天の星空だった。
それもただの星空ではない。全方位より来る星々の光は、信じがたいほど明るい。具体的には一万倍くらい。
星は重力によって集まる。星の集まる領域には更なる星々が集まり、それらの重力はさらに外側へと及ぶ。星と星の間隔は、銀河中心領域では限りなく小さい。
隣の星系まで4.22光年もの距離がある太陽系とは違うのである。
だから、星空はどこまでも明るく、そしてぎっしりしていた。夜空を普通に見上げていては決して見ることは叶わぬであろう。ぎゅうぎゅう詰めになった星が、常よりもはるかに強く輝いている光景など。
空中で大の字となった遥の視界には、そのすべてが映っていた。
そしてそれだけでは、ない。
ゆっくりと回転する彼女の視界に入ってきたのは鏡面のごとき船体。星空を映し出すそれは、信じがたいほどに美しく、幻想的といえた。
巨大すぎて視界に収まりきれないそれはここ何年も根城としてきた船である。いい加減名前を付けようかとは何度か思ったが、何しろ乗員二人、船一隻だけで、ほかに区別する必要もない。何となしに延び延びとなっていた。
「───よっ、と」
腰につけた命綱を引っ張り、姿勢を立て直す遥。その動きは慣れたもので、無重力だというのにいささかの迷いもない。
素早く綱を巻き取ると、危なげなく着地。
旅立ってから何年も経ったが、その姿には違いはない。ここにいるサイバネティクス連結体だけではない。中身である遥自身の肉体。シミュレーション上のそれでも老化は抑えられてるのだった。鶫はもはや人類の生命構造を完全に解明している。生物学的な不老不死が、ここにはあった。やろうと思えば永遠にだって生きられるだろう。
殺されさえしなければ。
鶫は何でもできる。いや。恒星間種族のテクノロジーに不可能はほとんどない。
なのに、銀河に生きる者全てがこれほどまでに追い詰められているとは。
―――それが、どこまでも悲しい。
遥を呼ぶ声がしたのは、そんな思索にふける時の事だった。
◇
「あー……そういえばもう、10月も終わりか」
「はい」
休憩室は、オレンジと紫に彩られていた。
机の上に広げられているのは様々な飾りである。特に目を引くのは、オレンジ色の
お祭り―――ハロウィーンの準備であった。
ケルト人の年末行事に端を発するこの祭日は、夏の終わりを意味し、冬の始まりでもあり、この世とあの世の境界が曖昧となる。あの世からあふれ出してきた妖精や悪霊。魔女。死者の魂。そういったものをもてなし、あるいは退けるお祭り。
よっこいしょ、と腰掛けた遥は、適当なカボチャを抱き上げた。でかい。
こいつをくり抜いて顔を彫り、中に灯りを放り込んでやれば
死神を騙したせいで死後、天国にも地獄にも行けなくなった男が手にしていたとも伝わる悪魔の灯火。
「二人でやろう。そっちを頼む」
「はい」
道具片手に、少女たちは作業を開始する。
鉈のような包丁が食い込み、ちょうなが中身をえぐった。
「───死後の世界って、本当にあるんでしょうか」
鶫のつぶやき。
それに、遥はかぶりを振った。わからない、と。それは宇宙創世の秘密以上の謎である。仮にあったとして。地球が滅亡した今も存在するのか?
「私は、死んだら地獄行きですね。───いいえ。それとも、どこにも行けずにさまようんでしょうか。
この、
完成しつつある巨大なカボチャのランタン。そいつの空虚な眼窩に見つめられている気がして、遥は身震いした。
「……どうなんだろうな。けれど、君が行くというなら、私はとことんまで付き合う。地獄だろうが、あるいは永遠に現世をさまよう運命であろうが」
それに、今いる世界は十分に地獄だ。
そんなことを思いながら、遥は作業の仕上げにかかる。
やがて
照明を落とされた通路や部屋に、電飾が灯され、幻想的な空間を作り上げる。
10月末日、午前0時。ハロウィーンを迎えると同時に船は慣性系同調航法を決行。
その数十分後。鶫は、敵影を捕捉したことを告げた。
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