第59話 物質の全ては光

万物は場より生れる。

空間とは場であり、振動する場はそれ自体が粒子としても振舞った。素粒子とは振動すなわち波なのだ。それはエネルギー量子であるから、受けたエネルギーを適切に場へと受け流すことができれば、そこに粒子が現れる。

これがすなわち転換装甲の原理である。受けた攻撃のエネルギーを直接質量に転換して被害を軽減する装甲と言い換えることもできよう。熱力学第二法則の許す転換効率を越えたエネルギーの一部は蓄えられ、徐々に熱として放散されていく。

極微の次元を利用してこれを成し遂げる転換装甲は、今のところ科学文明が利用できる中では宇宙で最も強靭な物質である。マイクロブラックホールの蒸発に耐え、小天体破壊級の打撃を受け流し、大出力レーザーの一点集中でも破壊は難しい。他の防御システムとの併用によって、その性能は最大限に引き出される。どころか、突撃型の優れた格闘性能はこの超物質を骨格として用いることで得られてすらいた。さもなくば自らの攻撃力に耐えられぬ。彼女らは芯まで転換装甲で出来ているのだ。文字通りの意味で。

特異点砲の弾幕を突っ切ることができるのもこの重装甲あればこそだった。

だからこそ、防御磁場やイオン幕の鏡レーザー・ディフレクターごと突撃型の装甲を貫く対艦攻撃銃剣は、二百五十メートルもある。

艦載砲に並ぶ威力のエネルギー兵器は、静かに時を待ち続けていた。今はまだ。


  ◇


木々の合間が、もわっ、と膨れ上がった。

無数の小動物が飛翔していく中顔を出したのは、とてつもない大きさの機械。何百メートルもある巨体を多脚で枝に張り付かせながら、ゆったりと―――実際は結構なスピードで―――下方へと降りて行く。

その様子をのんびり眺めながら、ふたりの巨人は降下を続けていた。もし彼女らを見上げる者がいれば、きっと天上より神々が降臨したと勘違いしたに違いない。巨木の合間を進む彼女らの姿はまるで、異教の神像のようですらあったから。何しろ光背を背負い、腕を持たぬ代わりに三本の尾を備えた仮面の女神像とそして、刃の四肢を持つ、少女のごとき碧の巨像である。

寄り道の途中だった。

突撃型にとって、数千キロは散歩の範囲である。だから、『星の中心を突っ切って行こうぜ』と不知火に誘われた鶫は疑いもなく承諾した。どうせ遙がいるのは惑星の反対側である。星の外を半周した方が早いが、大した差があるわけでもない。

雲を突っ切り、木々の合間へと降下してきた両者。その速度は亜音速と、かなりゆっくりだった。

幹や枝葉の太さはまちまちである。数十メートルしかないものもあれば山並みといっても通用しそうな、苔に覆われたものもある。どころか大都市を丸々のせても差し支えなさそうなすら散見された。それら表面に堆積した土砂には様々な草木が根付き、陽光を浴び、昆虫類を育んでいる。獣や鳥類、どころかトビウオのごとき生物が飛来しては食物連鎖を実演していた。

時折、のっそりと姿を現す数百メートルの巨体はロボットである。十二本の脚を持つ彼らは機械生命体マシンヘッド程ではないにせよ半無限の動力源と自己再生能力を備え、不知火たちの手足となって花園維持に腐心する永遠の番人だ。幹をゆっくりと進んでいくロボットは、おそらく作業のための移動中なのだろう。

それらを眺めながらも降りて行く二人。やがて大気は希薄となり、陽光が強くなっていく。中心が近づいてきたのだ。

やがて、たどり着いた先で、鶫は歓声を上げた。

『うわぁ……っ!』

それは、神話の光景だった。

途方もなく広い空間。半径200キロメートルはあるであろう球形に宇宙樹の枝葉は広がり、その中心には明々と人工太陽が輝いていた。

それは、巨大な機械である。開いた顎を連想させる白い構造の間に灯っているのがこの世界の太陽なのだ。それを生じさせている装置の本体からは何本もの細長い板が翼のように生えていた。放熱板であろう。そこまで含めて数キロといった大きさ。ゆっくりと回転しているのはまんべんなく周囲へ光を送り届けるために違いない。一定周期で陽光を発するこの装置が、花園の中心なのだ。

偉大なる科学の勝利が、そこにはあった。

けれど、それは限りなく儚い。

宇宙の環境は、炭素生命には過酷である。機械で生活環境を作ることは出来ても、大規模なものになれば可住惑星の効率にかなわない。恒星間種族が天体上への居住にこだわる根本的な理由はそこにあった。

だから、この世界は夢だった。見果てぬ夢。平和に、惑星上での暮らしに戻りたいと願う学術種族たちの願いを、その従者たる機械生命体マシンヘッドたちが具現化した儚い幻想。

金属生命体の根絶を願う少女がこの世界を訪れたのは、運命だったのだろう。種族の復興。二つの等しい、されど根本から相容れぬ願い。

故に。

これらがぶつかり合うのは、必然である。

星の中央。太陽の真横に差し掛かった頃。

『なあ』

不知火が声を上げた。振り返る。顔を向ける。半身をそらす。

そのあまりに人間的な動作に、鶫はかすかな違和感を覚えた。防御システムを準活性状態にしたのはほとんど条件反射のようなもの。

それが、彼女を救った。

半身を逸らした不知火を挟んだ遥か向こう側から伸びた一条の光。超・超高出力のレーザービームは、鶫の腰部装甲を溶融。人体ならば子宮に相当する位置へと収まる中枢コアに到達する寸前、空間が

主人によって定格外の動作を強要された詭弁ドライヴは、無限大の負のエネルギーを生じる。それによって空間がに湾曲したことで生じた盾は、あらゆる物理的攻撃を完全に防ぐ無敵の盾だ。それが稼いだ僅かな時間で、鶫は無慣性状態へシフト。不知火を盾とするようにほんの僅か、体を逸らす。

直後。強烈なパルスレーザーは急激に減衰し、そして消滅した。

後1センチ傷が深ければ即死していたろう。呆然自失としながらも鶫が戦闘態勢を取れたのは、その全身が兵器として構築されていたからに過ぎない。

その身を、強烈な爪の一撃が襲った。

吹き飛ばされて行く鶫。その背後に開いたアインシュタイン=ローゼン橋ワームホールが左腕を呑み込み、閉じる。切断される肉体。

『―――ああああああああああああああ!?』

腰と腕、二か所に重傷を負った鶫が発したノイズは、聞く者によっては悲鳴とも受け取れたであろう。

それに、不知火が叫んだ。

『不愉快だ。ああ不愉快だ!!化け物が悲鳴を上げるんじゃねえ!!』

アインシュタイン=ローゼン橋ワームホールを開き、伸ばした尾で鶫の首を鷲掴みにする。更には残りの尾が、コアへ突き付けられた。

息も絶え絶えの鶫は、それでも声を絞り出す。

『な……何故……』

『何故?お前がそれを言うのか!?

鴇崎鶫。てめぇはやっぱり化け物にすぎねえ。金属生命体群から地球人に鞍替えした? やってることは同じだ。いや、よりえげつねえ。

をやるんだってな?あの女がそれを言い出した時、何で止めなかった?お前が断ればそれで終わってたはずだぞ。何で説得しなかった!!』

その言葉に、鶫は全てを察した。秘密が露見したのだ。機械生命体マシンヘッドたちが敵対行動に出たからと言って、誰が責められよう?

『私は……私は、ただ……遥が、絶望するのを、見たくなかった……だからこれは、私の我儘です……』

『そうか……そうかよ。それで銀河を滅ぼすのかよ!!

この怪物め!!』

『お願い……遥は。遥だけは、助けて……!』

『安心しろ。地球人は殺しはしねえ。学術種族はいかなる種族も滅ぼしはしない。金属生命体群を除いては。

―――雫。こいつにとどめを刺せ』

不知火の命令は、200キロメートル先に潜伏していた襲撃型ユニットへと届く。

強烈なエネルギーが、膨れ上がった。

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