第58話 剪定される世界

【木々の合間】


閃光が迸った。

強烈な一撃。大気を砕き、人類がコンプトン効果と呼称する電磁波の散乱を引き起こしながら突き進んだそれは、進行方向に立ちふさがる巨木と激突する。

それは、神話の光景だった。

山脈とも見紛う大樹の枝。その原子間結合を破壊してもなお、運動エネルギーを喪失しなかった重金属粒子の束は、まるで刃のように振り抜かれる。

一拍をおいて、何百メートルもの枝は切断された。重力に従いふわり、と回転しながら落下していく枝。その断面は驚くほどになめらかである。

の威力だった。

雫が持つそれは襲撃型指揮個体/襲撃型ユニットの標準的な武装である銃剣。250メートルもあるこの武装は荷電粒子ビーム砲とレーザー砲をひとつにまとめ、先端部には刃。銃剣の刃で攻撃すれば砲身が歪みそうなものだが、実際歪むらしい。最もそこまで距離を詰められれば砲としては役に立たぬから大した問題ではないが。生き延びれば砲を自己修復できるし、なんなら新品を作ってもいい。この対艦攻撃用銃剣は襲撃型にとって体の一部である。亜光速目標に対しては銃口から数百メートルから数キロメートルまでしか命中が期待できないらしいが、鶫の主砲が同条件で射程百メートル弱なのを鑑みれば驚くほどに長い。もちろんそんな極端な状況でなければ惑星間でも命中させられるというから驚きだった。ちなみに亜光速でも直進するだけの目標なら0.5光秒離れた相手に命中が期待できる。

すさまじい能力だがしかし、これは雫にとってできて当然のことにすぎない。

近くの幹より一連の作業を見ていた遥は拍手。

ぱちぱちぱち

「凄かったよ。いつもこうやって剪定しているのか」

対する雫の反応は、一拍遅れた。

『ふぇ?……う、うん』

「いいものが見られた。ありがとう。急に『剪定を見せてあげる』と言われたときはびっくしりたが」

『あ、あはは……砲の試射をしておきたくて』

例によって雫の調子は少し外れている。だが、そこがいい。この、やたらと人間的な機械知性は遥にとって癒し、とも言えた。鶫とて遥にとってかけがえのないひとだが、雫はそれ以上に感情に富むのだ。

ころころと笑い、自分で何でも決めてしまう不知火にぷんすかと怒り、寿命の尽きた生物を見てしゅん、と落ち込み、遥のする話に喜び。

機械的なではない。感情とは本来的には、反射速度を上げるための自然進化が生み出した仕組みである。論理ではなく、好悪によって瞬時に判断するのだ。光速の99.98%の戦いを繰り広げる機械生命体マシンヘッドが感情豊かなのも道理なのだろう。だからこの妖精のごとき機械生命体マシンヘッドは、強い。

自らの銃剣をじっと見つめる雫。分散思考型転換装甲で出来たこの火器は、それ自体が優れた自己診断能力を持つ。わざわざ目視しなくても状態は分かるはずだが、はて?

遥が疑問に思うほどの時間が流れた頃、ようやく雫は顔を上げた。

こちらを向く頭部は、フルフェイスのヘルメットを思わせる。中に副砲が詰まっているらしいが、学術種族らしくレーザーセンサーとしての機能も充実しているはずである。もちろん彼女に武装を使うつもりなどないだろうから、観察のはずなのだが。

「うん?どうしたのかな?」

遥は問いかけるも相手は無言。

さすがにこれはどこかおかしい。いや、ひょっとしてスマホが故障したのだろうか?そう思って画面を見てみると、機能は正常に見える。それはそうだ。これは見た目こそスマホだが、中身は超技術でできているのだから。それも冗長性は最優先である。いざという時助けを求められるように。にもかかわらず、電波状態の表示が×マークになっていた。鶫との通信が確保されていない。それも単なる電波状態の悪化ではなかった。

戦術電波妨害。

そんな馬鹿な。

この時点で、ようやくスマホは声を届けた。レーザー通信で送り込まれた声。絞り出すような、雫の声を。

『……ごめんね』

その一言で事態を悟った遥は、雫へ背を向け飛び出した。

行くあてもなく。


  ◇


―――ああ。暗い。まるで宇宙の深淵のように。

そこは、地の底。いや、木の洞の奥深く。遥は、スマートフォンの灯りのみを頼りに体を丸めていた。雫が伸ばした乗用車ほどもある手をかわし、地面に生じた裂け目へと身を投じた結果だった。

周囲を見回してみれば、ここにも独自の生態系、というべきものがあるのが分かる。小さな虫。コウモリにも似た生物は超音波で暗闇の中を”視る”のだろうか。コケ類もある。地球によく似た生物群は、きっと並行進化の一例なのだろう。

だが、これらの生物は遥の糧にならない。何らかの処理を施し、栄養素に改造を加えなければ食べられないのだ。それはつまり、ここで籠城したとしてもいずれは出て行かねばならない、という事でもある。

いや、相手がその気ならばこの枝ごと吹き飛ばすことすらできるだろう。それをしないのは遥に人質としての価値があるからだ。鶫の動きを封じるのに、遥は大変役立つだろう。いっそ自害しようか。鶫は大層悲しむだろうが、しかし彼女の中にも時差十日弱の遥のバックアップはある。こうなってはやむを得まい。

そこまで考えて、頭を振る。機械生命体マシンヘッドならば死体からでも自分を生き返らせるだろう。意味がない。

八方ふさがり。

―――どうしてばれたのだろう。

そう思う。ひょっとすれば脳内情報を読まれたか。まさか寝言で余計なことを言った、とかではあるまい。

それに、もはやこうなっては理由などどうだってよかった。

遥の位置は相手にバレバレのはずである。雫はセンサー性能に優れた襲撃型ユニット。惑星間ほど離れた先にいる、熱光学迷彩で姿を隠した静止目標を探し出して射撃を命中させられるほどの能力がある。どこに隠れようがすぐ見つかってしまう。

すぐに、ロボットでも作ってこちらに送り込んで来るだろう。

いずれにせよ残された時間は僅か。

その時だった。

―――光?

天井から見えたのは、原子同士がこすれてできる蒼い光。物質透過の光だった。

「ああ、そうだったな。そもそも狭さなんて、君たちには関係ないんだったな」

そのことをすっかり失念していた自分に、遥は苦笑。どうやら追い詰められて頭が回っていなかったらしい。残された時間すらなかったとは。

遥は、現れた巨大な掌。あおいそれに捕らえられ、地上へと引きずり出されていった。

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