第54話 銀河史
時間は全てを解決する。
だから、時間を最もうまく使う者が、宇宙で最も強いのだ。
◇
学術種族はかつて、銀河で第二位の勢力を誇っていた種族であった。
恒星間種族も、その勢力圏は基本的にさほど広くはない。自らの母星系の周囲だけでも利用価値のある恒星系は無数に存在する。恒星間航行能力を持つということは、ほぼ確実に極めて高度なナノテクを保持している、ということである。物質を自在に組み替えて好きなものを作ることができるのだ。元素転換が可能な量子機械もその延長線上にある。科学技術は広範な裾野を必要とするから、例外はまずない。
それは、エネルギーと元素さえ十分にあれば無尽蔵に物資を作り出せる、という事である。エネルギー源はそれこそ無限にある。恒星。原子力。重力。地熱。質量をエネルギーに直接転換してもよい。
だから、無数の星々の集まりである銀河は大変に豊かな世界と言えた。恒星間種族が餓えることはないのである。わざわざ遠出する必然性は薄い。それに、隣の知的種族に出会うのも大変である。何しろ800光年もの距離に隔てられているのだから。
にもかかわらず、自発的に遠距離まで遠征を繰り返していた物好きな種族が2つ、かつて存在していた。
ひとつは商業種族。銀河最大の勢力を誇っていた種族である。他者との交わりによって利益を得ることに至高の快感を覚えていたという彼らは、銀河系の非常に広い範囲を行き来し、雑多な種族との商売にいそしんでいた。彼らこそが銀河系の経済と、そして情報伝搬を担う種族だったと言ってもよい。
そしてもうひとつが学術種族。種族的に知的好奇心の塊である彼らは議論と蜜を好む平和な人々である。その探求心の求めるまま、銀河のあちこちに出かけていた彼らは既知の宇宙で最も知に長けた種族、との評価を得ていた。様々な種族に対して「~種族」と命名するのは決まって彼らである。それは他の恒星間種族にとっても通名となった。
この二種族が、銀河で最も早く金属生命体群と交戦したのは運命だったのだろう。銀河中心領域のどこにでもいたのだから。あらゆる種族を敵とみなす金属生命体群と遭遇する確率はこの二種族が最も高い。
そして、商業種族が最初に餌食になった。先に貧乏くじを引いたのだ。
たちまちのうちに、商業種族の勢力圏。その中にある多数の可住惑星や
慣性系同調航法は天文情報のない地域へ移動しようとすれば大変に手間がかかるが、逆に十分な情報があれば10000光年先へも容易に移動ができる。そして1万2千年前。銀河は平和だった。彼らは同族間で天文情報を共有し、敵に奪取される危険性など想像だにしていなかったのだ。
今でこそ、母星や自陣営の天文情報の取り扱いに細心の注意を払うことは金属生命体群と交戦中の種族にとって常識だが、当時にそんなセオリーなど存在してはいなかった。
学術種族は、もう少しマシだった。
性質上付き合いの深かった
当時、戦争が得意な種族はただのひとつも存在してはいなかった。当の金属生命体群ですら、下手くそだったのである。この戦争は、銀河で。いや、ひょっとすれば宇宙で初めての、大規模な武力衝突だったから。誰もが経験不足だった。
商業種族を滅ぼし、自信をつけていた金属生命体群。彼女らの戦術は学術種族には十分な効力を発揮しなかった。
戦争は長期化の一途をたどった。長い闘争の間に戦術は洗練され、科学技術は進歩した。お互いに。
ありとあらゆる新戦術が出現し、ありとあらゆる超兵器が誕生した。
それらはしかし、最初から最後まで一貫していた点がある。
敵拠点の撃滅。
大型天体に構築された拠点。敵のこれをいかに撃砕するかが、そして自らの拠点をいかにして防衛するかが、双方の勢力においての至上命題となったのである。
あらゆる兵器・あらゆる戦術・あらゆる戦略は拠点を巡って発展した。敵拠点を撃滅するために小天体投下攻撃が発達し、その防御のために物質透過能力を備えた工兵としての
しかし。機械そのものと言ってもいい統率が取れた金属生命体群に対して、無数の個の集合体である学術種族は常に劣勢だった。意思決定の速度に差があったのである。
それも、致命的なまでに。
徐々に戦いの形勢は金属生命体群に傾いていく。彼女らが他の恒星間種族とも戦端を開かず、学術種族の殲滅のみに注力していればあっという間に勝敗は決していただろう。
徐々に、学術種族は勢力圏を狭めていった。幾つもの恒星間種族が滅び、あるいはバルジの外側へと脱出していった。対する金属生命体群は、黙々と勢力を伸ばしていく。
そうして、戦争開始から長い時間が経った頃。
地球近辺、トラピスト1にて第二の故郷を作ろうとしていた瞑目種族などもその類である。
散り散りとなっていく彼らに、往時の力はすでにない。
もはや銀河中心領域。そのこちら側四分の一に、金属生命体群以外の種族はおるまい。いたとして、隠れ潜んでいる者たちだけだろう。もちろん何かできるわけもない。
世界は、黄昏を迎えていた。
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