第52話 暗黒星雲産花茶
【森の中】
だから、その流れを組む襲撃型ユニットも大変に器用である。
とはいえ。
「……器用にも限度というものがあるだろうに」
レジャーシートに座った遥は、眼前の光景に苦笑。あまりにシュールすぎる光景がそこには広がっていた。
人間サイズの奇怪なポットをちょこん、と丸太より太い指の爪の先でつまみ、同じくティーカップへと中身を注ぎ込んでいる巨体は、三十五メートルもあった。
滴である。
彼女は親切にも、客である遥へと茶を出そうとしているのだ。学術種族の生命構造は人類に比較的近しい。人類は、わずかな処理で彼らの食品を飲み食いすることが可能となる。
『ふふん~。あれれ、遥、何か言った~?』
「独り言だよ。気にしなくていい」
レジャーシート上に置かれたスマートフォンから流れてくる声は大変に女の子らしい。滴もこの通信機器を介したコミュニケーションにはすぐに慣れた。ちなみに機能的にはほぼ普通のスマートフォンである。陽子崩壊バッテリーで半永久的に動き、自己修復し、スタンドアロンでも活動し、CPUの性能が人類の持っていた最高のスパコンより上な事を除けば。
それにしても、と遥は思う。
転換装甲で出来た強靭な体。永遠の生命。高い作業能力。優れた知能。生身での恒星間航行能力。どれも脆弱な人間の肉体には備わっていない。正直、うらやましい、とさえ遥は思った。生まれ変わるなら
『はい。どうぞ~』
出されたのは、カップに小さな花が幾つも浮かんだ茶だった。花茶に似ているな、などと思いながら、遥はそれを受け取る。
「……ふむ」
じーっと見つめられながら一口。
「……うむ。美味い」
悪くなかった。味は大変に薄いのだが、上品な香り。乾燥させた花をそのまま生かした茶はなかなかに素晴らしかった。
『そっか。よかったぁ。美味しくなかったらどうしようかと思って』
屈託なく笑顔になる
やがて茶を飲み切った遥は、ふわぁ、とあくびをした。何しろこれから就寝しよう、という時に襲撃を受けたのである。その状態で肉体を再構築されたから、眠くなるのも必然であった。
ご丁寧に傍らに用意してあった毛布を手に取ると、体に巻き付ける。森の中、レジャーシートの上で眠るのだ。草の絨毯がクッションとなっているおかげで、地面はさほど硬くもない。
「じゃあ、しばらく眠らせてもらう」
『はぁい』
久々の肉体をしっかりと毛布でくるむと、遥は深い眠りに就いた。
◇
【暗黒星雲内部 惑星からほど近く】
地上で遥が眠りに就いていたころ。
暗黒星雲内部、ガスや塵に覆い隠された中では今、少しばかり大がかりな作業が行われていた。全長一キロメートルほどの船体の船首に尾を突っ込んでいるのは腕のない女体。不知火である。
よっ、と透過した尾を引き抜くと、彼女は船より離れた。そのままゆっくりと外周を周回していく。
細長い船だった。螺旋を描くように突き出た肋骨状のフレームが印象的である。
その様子を半周ほど眺めたあたりで、見知った姿が目に入った。6000年ほど前まではそれこそ嫌になるほど見てきた相手。金属生命体、
こちらに気づいた鶫は、手を振った。バイザーを下げているからまだいいが、奴の顔がこっちに向くのはぞっとしない。何せ砲塔である。
『よぉ。ま、修理はできそうだ』
『そうですか。よかった』
頷く鶫。
―――こいつは本当に突撃型指揮個体らしくない。奴らは個性というものがないが、この鶫という個体は個性が溢れ出んばかりだ。
ふたりは船の修理のために状態を検分していたのである。遥が船の修理を要求し、それを不知火が受け入れた結果であった。
『とはいえこりゃあかなりぶっ壊れてるな。めちゃくちゃだ』
船を破壊した張本人は、いけしゃあしゃあと言ってのけた。まるで悪びれてはいない。
横から見れば魚の骨にでも見えるであろう巨船は、船首部分が完全に破壊され、無残にひしゃげていた。修理にはかなりの手間がかかるであろう。
鶫も頷き、同意した。
『ここまで壊れていると、かなり直すのは大変だと思うんです』
不知火ののうのうとした態度を責めるつもりは彼女にもないようである。鶫の心は海よりも深い包容力を備える境地に至っていた。たぶん。
『ああ。
だから、まずうちの軌道上まで牽引する。適当な衛星があるからな。そこに仮のドッグを作って、修理するんだ』
『この大きさの船を運べるんですか?』
『任せろ。
不知火は胸を張った。プロテクターと外皮に覆われた柔らかな曲線がたゆんと揺れる。
実際にはこれより洗練させ、二、三の手順を追加したものが超光速航法と呼ばれるものの一つになる。それは星系内を移動する実用的な手段と言えた。
この機能は35メートル級の指揮個体や
さらに言えば、ここは重力波渦巻く原始星系。塵のヴェールと相まって、他から観測される危険は限りなく少ない。ワームホールを展開しても他から見つからないはずである。鶫たちも、この星系に跳躍してくる際は観測が不十分だったため、外縁、十分に距離が離れて誤差の影響を吸収できる地点に飛んできたほどである。
だからこそ、不知火は安心して鶫相手に大立ち回りを演じたわけだが。
『じゃあ
『はい』
極微スケールに過激なエネルギーが集中する。それは、たちまちのうちに時空の二点間をつなぐ穴となり、負のエネルギーで押し広げられ、巨船を呑み込み、そして消失した。
後には、微細な重力波だけが残った。
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