第51話 交渉
「はははっ!こいつは凄いな!!」
掌にのせている人間。彼女がはしゃぐ様子を、不知火はじっと見ていた。不思議な生命体である。見たこともないような生地の衣―――ブレザーというらしい―――はその、裾の部分まで突撃型指揮個体の副腕を思わせて不快感を催した。どうしてあそこまで似せる必要があるのだろう?
巨木の合間を飛翔する彼女の背後には突撃型指揮個体。碧のそいつの更に後ろでは、長大な高枝バサミを油断なく構えた滴が続いている。何か不審な行動を取れば撃てと命じてあった。彼女はとぼけているが言われたことはきちんと守る。自分の仕事はこなすだろう。まあ、こちらの手―――正確には尾だが―――の内に人質がいるから大丈夫であろうが。
人類。個体名角田遥が死なないように保護しながらゆっくり飛翔。
やがて見えてきた広場に近づくと、一行はゆっくりと降下していった。
◇
「人工太陽が照らし出す、内向きに閉じた楽園。か……」
世界のことを遥は、そう評した。
一見すればそこは、木漏れ日の差し込む森の一角。そう見えるだろう。
間違いではない。
されど、それ以外の全てにおいて、ここは規格外だった。
まず、地面がない。その代わりをしているのは
まさしく驚異としかいいようがない。
そして、この天体の植物の枝葉はすべてが内を向いている。陽光が惑星の外ではなく、中心から来るからだった。木々の合間を縫って届くそれは、惑星の最外層にたどり着く頃にはすっかり減衰仕切ってしまう。だから、この星は中心に近づくほど暖かかった。外は寒い。そのせいで遥も先ほど凍死しかけた訳であるが。
「いやはや。しかし、死ぬかと思ったよ」
『それは私への当てつけか?』
「とんでもない。凍死しかけたことについての感想だよ」
スマートフォン経由で話しかけてきた不知火に遥は苦笑。天体破壊も可能な兵器を生身に喰らうところだったというのに気にした様子はない。まあ
その場にいるのは四者。
遥。鶫。不知火。そして雫である。
ただひとり人間である遥からすると、ビルディングに取り囲まれているような気分だった。正座している鶫の姿がなんともシュールである。副腕はスカート状に畳んだままでも自由に動くので左右に広がっている。彼女も女の子座り出来るのだなと奇妙な感動を覚えた。
対する
そして不知火。
彼女は油断なく空中に浮遊していた。
見れば見るほど人間そっくりだ。両腕がないことを度外視しても。
鶫とレイアウトが同様であるなら。その肩胛骨には一対の詭弁ドライヴが収まっているはずだった。この奇妙な機械の発明者は学術種族であり、命名も彼らによるものと伝えられている。より高性能で大型のそれを搭載しているが故に胸郭を圧迫し、腕をオミットされたのやもしれぬ。なにしろ鶫より胸が大きい。推定20メートルのバストを見上げながら、遥は感嘆のため息をついた。
とはいえ驚いてばかりもいられない。話し合いの時間であった。
白の
『さて。そちらの要望通り、場所を移してやったぞ。
改めて名乗らせてもらう。私の名は
「6000年……そうか。それほどの歳月をかけて、この環境を創り上げたのか」
頷く不知火。身振りも言語の一種である。人類のジェスチャーをこの
続けて、彼女は質問を返す。
『説明してもらおうか。どうやって突撃型指揮個体、それも最初期型の泣き女を手なづけた?』
「鶫の事を君たちは泣き女、と呼ぶのか」
『そいつと同型全ての
もはや鶫は翻訳に入っていない。提供された言語ライブラリを用いて、不知火は日本語を実に流暢に話していた。知らなければネイティブと区別はつかないだろう。その上でこのような口調をあえて選択した彼女の心中は伺い知れようというものだった。
「ふむ。ならばバンシィ、と。我々の伝承に残る、家人の死を予知して泣き声を上げる女妖精の名だ」
『
では改めて、回答の入力を要求する』
問われ、しばし考え込む遥。何と説明したものか。
人類が恒星間種族である、というのは遥が勝手に言い張っているだけ(いや超光速航行を管理下に置いて行なっているのだから名乗る資格は十分にあるが)だし、実効戦力も鶫だけ。ましてや人類勢力は遥と鶫の二人だけという有様である。しかもこの、悲しいほどに貧弱な勢力が、かつての人類の保有していた戦力全てを合わせたよりも強力なのだ。
「……彼女が私の所属する組織に加わることになったのは、多分に偶然を含むのだが。
一言で言ってしまえば、彼女は。この、
『―――ありえん! 金属生命体が自発的に種族を裏切っただと!?』
「こんな嘘をついてどうする?
彼女は私の個人的な友人だ。だから、私の手助けをしてくれている」
『……その人類が、どうして金属生命体を使ってこんなところまでやって来た』
さあ。正念場が来たぞ。
遥は内心で身構えた。
「―――人類を救う。そのために私たちは旅をしている」
『抽象的だな。それは人類の総意なのか?具体的には?』
「間違いなく、全人類の総意であることは保証しよう。
具体的な内容については勘弁してほしい。極めて重要な軍事機密だ」
『……証拠を出してみろ。お前が金属生命体群の繰り出してきた、新手の欺瞞ではない、という証明を。
それができるなら信じてやる』
―――勝った。
そう確信した遥は頷くと、傍らの鶫へと視線をやる。
見上げるような巨体の友人へと。
人類最後の少女は、切り札の使用を命じた。
「鶫。先日の戦闘ログを渡してやってくれないか」
『はい』
先輩の願いに、後輩は頷く。
『……これは』
通信回線経由でそれを受け取った不知火は絶句。
そこに至るまでの経緯を省いた、もう一年近く前になる戦闘の記録。無編集の生データであることの証明が付されたそれは、
「君たちの種族とはひと悶着あったが、しかし我々は肩を並べて戦った。今鶫に付与されている識別番号は、学術種族と同盟関係にある黎明種族によって付与されたものだ。その戦闘データは納得いくまで検証してくれればいい。これでいいかな?」
『……いいだろう。お前たちを攻撃したことを謝罪する。どう賠償すればいい?』
神妙になった不知火の様子に、遥はにんまりと笑った。
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