第50話 盾の乙女
深々と雪の降り積もる、巨木だけでできた世界。あまりにも幻想的な空間を背に、
『あれれ?聞こえなかったのかな? もしもーし?』
もちろん、彼女に跨がられている鶫にはしっかりと聞こえていた。その内側にてシミュレーションされている遥にも一拍遅れて翻訳される。
学術種族の機械言語。十六進数を用いた、発声に適さない人工言語である。
美しい。いや、可愛らしい
両脇からちょこん、とアンテナを伸ばしている、フルフェイスのヘルメットのような大きめの頭部。女性的なボディラインと相まって、機械と言うより女の子と言った方がよい印象。背中の羽は蝶のそれに似る。
だが、現状はあまりにも異様だった。金属生命体。それも、突撃型としては最も最初に建造された機種のひとりである鶫を知らない
そして、たどたどしいその口調。
鶫は、相手が何らかの異常を患っているのでは?と疑った。
となると刺激するのは得策ではなかろう。この体勢ならば相手の方が有利だった。抜き手で鶫の胸郭を貫けるのだ。
鶫の内側、仮想空間内では遥と鶫が顔を見合わせていた。
「……この
「分かりません。
「ふむ。だが少なくとも交渉の余地はある、かもしれないな」
「はい」
時間を稼ぐべく、鶫は通信回線を開いた。フォーマットは相手に合わせる。
『私は、鶫。鴇崎鶫。地球人です』
対して、可愛らしい
『あー。よかった。金属生命体だったらやっつけろ、って不知火が言ってたの。でも地球人なら、やっつけなくていいよね』
『あ、あははは……』
思わず乾いた笑いの出る鶫。答え方を一歩誤っていたら死んでいたかもしれぬ。
『ところであなたは?』
『あ、私はね、
『不知火……先ほど、お会いしました』
『あ。会ったんだー。ここ何日か見当たらないから心配してたの。どうだった?』
『た、大変にお元気でした……』
そう答えるしかない鶫である。しかしこの問答はどう転がるのやら。
『ところで、私はいつまでこの格好でいればいいんでしょう?』
『えっとねー。不知火が来るまでー。そしたら鶫をどうするか決めてもらうの』
まずい。大変に不味い。先程の反応を見る限り、あの不知火級は問答無用で鶫を始末しようとするに違いない。
だから鶫としてはなんとか解放してもらいたかったわけだが。
『あ。不知火だー。やっほー!』
上方へ向けて手を振る滴。それにぎょっとして、鶫は視線を向けた。
間の悪いことにゆっくりと―――といっても音速の30倍以上は出ているが―――降下してきたのは、三本の尾を持つ白い
自己回復したのであろう円環を備える彼女は、仮面に覆われた頭部をこちらへ向けた。
にじみ出るのは明確な殺意であろう。だから遥は、傍らの鶫。その
「───鶫。外の環境は?人間が生存可能か?」
「は、はい。零下三十度ですが大気圧、酸素濃度は適量です。即死はしないでしょうけど。先輩、どうする気ですか」
「私を外に出せ。奴から見える位置に」
「盾になる気ですか!?」
「このままではどのみちやられる。やれ、時間がない!」
鶫の胸郭。その内部で、元素転換が始まった。
◇
指揮個体を追って大気圏へ突入した不知火は、よく知る声の方に顔を向けた。
『雫?───そいつは!』
そこには先ほどの金属生命体をがっちりと捕縛している相棒の姿が。ありがたい。先ほど取り逃がしたときはどうしようかと思ったものだが!
『不知火?』
『そのまま押さえてろ!』
無慣性状態にシフト。物質透過を平行して作動させ、そして尾を振りかぶる。
奴の体内から微量の
小惑星を粉砕しうる破壊力が、金属生命体へと襲いかかる。
───その、刹那。
一撃が止まった。せり上がってきた物体によって止められたのである。そう、不知火がせざるを得ないだけの威力を、物体は備えていたから。
敵の胸郭上にせり上がってきた、ちっぽけな生命体。その眼前で、尾は静止していた。
───なんだ?こいつは一体!?
見たこともない、しかし明らかな有機生命体であるそいつは四肢を持ち、頭部を備え、曲線的な姿はおぞましいほどに突撃型指揮個体と、似ていた。じっとこちらに向いているレンズ構造はビーム兵器などではなく、光学的感覚器であろうが。
───金属生命体以外のいかなる種族に対しても、先制攻撃は許されない。
それは
だから、不知火の手が緩んだのはやむを得まい。
とまどう
「私の名は
知らない言葉。されどそいつの耳元に当てられた板状の機械───スマートフォン───に拾われ金属生命体を経由したそれには、いくつもの言語の翻訳が付属している。
そいつの肉体をスキャンした不知火は、相手が間違いなく高等な知的生命体であることを悟った。
故に、彼女は吼える。
『私たちだと!?お前の背後にいるのは金属生命体だろうが!?』
対する人類は不敵に微笑んだ。その表情の意味は推察するしかなかった不知火であるが、相手が物怖じしては居ないであろう事は分かる。どころかこの状況を楽しんでいるのではないか、という錯覚すら覚えていた。
「ああ。そうだとも。だが彼女の帰属するところは金属生命体群ではない。我々地球人類である。だから私は貴女に要求する。不当な攻撃を即時停止すること。ああそれと」
何を言い出すか、と身構えた不知火の前で、人類は謎の動作を一つ。
はくしょん!という。
「……このままでは私が凍え死んでしまう。すまないが暖かい場所に移動させてはもらえまいか」
ぶるぶる、と筋繊維まで用いて体温維持を行いながら、人類は告げた。
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