第49話 出会い頭にこんにちは
不知火。九州八代の沖に現れる蜃気楼の一種である。もちろん学術種族が日本語で命名したわけではない。同様の自然現象が彼らの母星にはあったのだ。鶫の意訳である。
知りもしない土地由来の名で呼ばれたことなどついぞ知らず、
塵とガスを透過する肢体が蒼い尾を引く光景は、幻想的なまでに美しい。もっとも敵手がそれに見とれる余裕があったかと言われれば大いに疑問符が付くが。
爪と刃が激突する。蹴りが副腕で流され、左肩の代わりに存在するレーザー砲が
―――いい動きをする!
不知火の手は緩まない。眼前の化け物。35メートルもある金属生命を始末するその瞬間まで、安心はできないのだ。
ガスと塵に包まれた原始星系のはずれで死闘は続く。
尾で殴りつける。蹴りを入れる。反撃をいなす。主砲で牽制する。たやすいことだ。何しろ不知火には未来が見えているのだから。
背面に装備された超予測装置の作用である。
とはいえ未来を知ることは未来を不確定にすることでもある。自分自身が行動を変更することで予知を擾乱してしまうのだ。それは不確定性が生み出すノイズに飲み込まれ、解きほぐすだけでも一苦労である。
それでも、やるだけの価値はあった。
未来を知ることは光速を越えること。すなわち光速の99.98%という速度での格闘戦においては圧倒的アドバンテージを得られるということだった。
だから、不知火の勝利は揺るがない。
空間を制御する。
尾を突き込む。相手の足を掴む。こちらへと引きずり込む。半ばまで引き込んだところで虫食い穴を閉じる。
―――さあ。胴体から真っ二つになるがいい!
◇
―――こいつ、強い!?
遥は、鶫が1対1の格闘戦で圧倒されるのを初めて見た。いや、あの日。鶫が記憶を取り戻す前に一方的にやられているのは見たことがあるが、それ以外で鶫が押されるとは!!
だから殺すななどとは言えない。こちらが殺されてしまう。
敵の両肩。腕の代わりに据え付けられた機械がこちらを向く。火を噴いて初めて、それが砲であることが分かった。防御磁場で偏向させた代償に鶫の姿勢が崩れる。背後から衝撃。
振り返って見れば、展開した
向こう側へと引きずり込まれる。いや、その半ばで止まる。
それ自体の破壊力はごくささやかなものだ。無と言っていい。だが胴体が存在している間にワームホールが閉じれば、上半身と下半身は生き別れとなる!!
遥は、死を覚悟した。
その心配が杞憂に終わったのは、鶫が諦めなかったからである。自身の詭弁ドライヴを活性化し、負のエネルギーでワームホールを支えたから。
されど動けぬ。がっちりと背後からは掴まれ、残り二本の尾が待ちかまえている。対する前方からは怒濤の足技と二門のエネルギー砲。捌くのも限界だ。万事休す。
───いや。
考えろ。あれほど高度な人工物だ。なんのためにあんな円環を背負っている。他の機能は見ればわかるが、あれは何だ。鶫になくて敵にあるもの。無意味に積まれているはずもない。
「───鶫!奴の環を壊せ!」
それはほとんど直感だった。外れていれば本当に終わってしまう。
金属生命体は、指示に従った。
◇
鶫は苦戦を強いられていた。敵は不知火級。学術種族の勢力が衰退する時期にごく少数だけ建造された
この体勢でそれを破壊しても意味はない。そのはずだったが、鶫は一縷の望みに賭けた。
遥の言葉に従い、頭部主砲。そのバイザーを展開し、そして左目の位置にあるレーザー砲を活性化させる。
後頭部の複雑な放熱板が髪のように展開し、強烈な一撃が発射された。
結論から先に言えば、効果は覿面だった。
◇
───勝った。
不知火が確信したその瞬間。見えたのは、敵手の主砲がこちらを。こちらの超予測装置の本体を砲撃する光景だった。まずい!
ここで彼女はミスを犯した。被害を無視して攻撃を続行すべきだったのだ。この体勢ならば超予測装置による予知なしでも確実に勝てたはずである。
彼女はそうしなかった。咄嗟に身を捻り、レーザーをかわしたのだ。掴んだ敵の足を手放して。
致命的な失策。敵、
衝撃で前後不覚となったその瞬間。
刃で出来た右腕が、不知火の円環を奪った。
切断された自身の一部。不知火級の不知火級たる所以とも言えるパーツの即時復旧を諦めて身構えたとき。
相手は、逃げの体勢に入った。不知火の見ている前で詭弁ドライヴを活性化させ、そして前後の空間に過激な変化を引き起こしたのである。
超光速機動。空間を膨張させるものと収縮させるもの。ふたつのビッグバンを同時に引き起こして後退していったのだ。突撃型に二機の詭弁ドライヴが搭載される理由である。
たちまちのうちに開く間合い。大した距離は離れられぬはず。
奴の行き先は───
───花園!?
不知火が最も守りたい場所。友達が住まい、生命が息づく、0.12
───逃がすか!!
◇
「これは……!?」
水素ガスと塵のヴェールを抜けた先。逃げ込んだ惑星の雲を突っ切った下に広がる光景に、鶫と遥は絶句していた。
「奴が守っていたのはこれか!?」
あったのは、森。それも木々が惑星を覆い尽くしているのではない。
スカスカの。いや、穴だらけの地表。まるでスポンジのように無数の繊維が走っているかのようにも見えるが、その繊維、一本一本がとてつもない太さである。その遥かな下方まで、この密林は続いているのではないか?と思わせる姿だった。地殻が存在しないのだ。深々と降り続ける雪は、遥かな底へと消えていく。
遥は呆然と呟いた。
「信じられない。どうしてこんな、陽も射さぬ星が、ここまで豊かな生物相を。
まさか、星の中心まで続いているのか?」
「分かりません。けれどその可能性はあります」
途方もなく巨大な木々。小枝の一つがビルディングほどもある合間を降下しながら、ふたりは周囲の光景に圧倒されていた。何しろ鶫の身長よりも枝は太いのだ。
まるで自分たちが小人になったかのような錯覚すら覚える。
されどこれは好都合でもあった。隠れ場所には不自由すまい。船を取り返すにしてもまずは安全を確保しなければ。
平和的解決が望めれば一番いいのだが。
「あの
「できますよ、きっと」
そうでなければ、彼女を殺さなければならない。そんな事態は避けたかった。そもそも勝てるかどうかすら分からない。
「適当な場所に身を隠して冷却します」
休憩場所を物色するふたり。
別に油断していた訳ではなかった。ただ、相手が一枚上手だっただけだ。
熱光学迷彩を起動し、惑星環境によくなじんだ巨体。それが間近に迫っていたときでさえ、鶫は気が付かなかった。
「あ───っ」
激突。
巨木に叩きつけられ、何キロも傷跡を残しながら滑っていく鶫。
ようやく停止し、顔を上げた彼女は見た。
己に対して馬乗りとなった、黒地に蒼いラインを備える女性的な
蝶のごとき羽を持つ彼女は、小首を傾げながら口を開いた。
『ねえ?あなたはだあれ?』
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