第43話 テンペスト
「
鶫の動きは電光石火だった。撃ち込まれたビームを素手で切り払い、どころか突き出された銃剣───二又の槍に見える───をたやすくいなして踏み込んだ彼女は、敵手の胴体すらもたちまち真っ二つにしてしまったのである。
それは、始まりに過ぎなかった。
真横から飛来するレーザーを紙一重でかわす。斜め後方から突き込まれた銃剣を脇で挟み、持ち主ごと振り回して別の敵へ叩きつける。右目から放たれた荷電粒子砲が敵に直撃する寸前、防御磁場で捻じ曲げられ―――別の仮装戦艦を貫通。四方八方より延びるビームとレーザーの弾幕を難なくかわし、進路に立ちふさがる敵手のことごとくを切り捨てながら碧の金属生命体は進む。視界の悪さが味方していた。まるで早回しのような恐るべき高速戦闘。光速を出せない?そんなものは関係なかった。宇宙で最も進化した神経系を持つのは彼女ら、突撃型指揮個体なのだから。
視界に広がる巨大な母艦。そう見える敵指揮官へと鶫は突っ込み、そして装甲を突き破って中へ突入した。
◇
───敵襲か。
指揮官は、混乱を収めようと躍起になっていた。
恐れていたことが現実となってしまった。友軍を装って接近してくることまでは想定内だったが、今己の体内を蹂躙しているのは同胞そのものだ。敵は捕獲した指揮個体を
───ああ。恐ろしい。
指揮官は考える。
―――敵に侵入された。己が破壊されれば、指揮系統が寸断されてしまう。復帰は絶望的だろう。
それは、この戦いに敗北を喫する、ということ。
超光速航行の痕跡を追跡するには膨大な労力が必要だ。そして、痕跡は時間と共に消え去る。敵勢は自分たちを退けた後、この星系より逃走するはずである。そのためにこそここで奴らは待ち構えていたのだろうから。
そうなってはもう、奴らを追いかけ、殲滅するのは絶望的である。それは、こちらの把握できぬ敵の存在を許す、ということだ。
―――認められぬ。
未知とは恐怖である。敵の居所が分からぬのは、敵と戦う事よりなお恐ろしい。
敵は強大だ。宇宙は悪意に満ちている。この銀河には敵しかおらぬ。
彼女は。いや、金属生命体群は、どこまでも無自覚だった。なぜ、自分たちに悪意が。いや、敵意が向けられるのかを。彼女らが出会うあらゆる種族は、鏡だった。彼女らが敵意をぶつけるからこそ敵が生まれるのである。
指揮官は命じる。箱形の躯体の奥底から、友軍へと命令を下したのだ。船体ごと敵を破壊せよ、と。
◇
鶫らが突入した敵指揮官の内側。人間の尺度でいえば旗艦とでもいうべき存在の内部は、まるで臓物だった。いや、実際にそれは内臓なのだ。鋼で構築された高度生命の内部器官。外気が流れ込み灼熱地獄と化したそこを、鶫は進む。35メートルの巨体で振るわれる刃に破壊できぬものはない。レーザーが投射され、
突入した一角では壁面に固定された巨大な骸骨。いや、修復中の指揮個体がこちらを向く。装甲が剥ぎ取られた頭部の片方の瞳に光が灯った。半身を逸らすだけでそいつの射撃を交わし、踏み込んだ鶫の蹴りが逆襲する。負傷し、固定された指揮個体に回避の術はない。ただの一撃で粉々に粉砕される。屍を踏み越え、鶫は進んだ。
船体内部にて作業をしていた機械たちがこちらへ殺到する。四本脚の蜘蛛にも似た彼らは作業用の下位個体。四方八方から迫る奴らは突撃型の体躯と比較すれば哀れなほどに小さいが、実際のところ4メートルもある。上から飛び掛かり、あるいは足元から体をよじ登ってくるそいつらを薙ぎ払い、踏み潰す。
そして、次の隔壁に手をかけようとした刹那。
真横から、上から、後方にも。無にも等しい大きさの高密度質量が飛び込んできた。
そいつは、真空から負のエネルギーを剥ぎ取り、等量の正エネルギーという形の負債を現世に残しながら、消滅した。
幾つもの爆発。強烈極まりないマイクロブラックホールの蒸発は、容赦なく鶫に襲い掛かり、どころか船体そのものすらも焼き、溶かし、吹き飛ばし、致命的なまでの損傷を与えながら拡大していく。
爆発が収束した時、碧の人類はまだ生きていた。全身を溶融させ、頭部は半壊し、左腰の
時間がない。敵勢が殺到してくる前に、鶫は最後の隔壁を破った。
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