第42話 騙し討ち
それは、艦隊だった。
直線を組み合わせ、明らかな武装をそこかしこから伸ばした、全長がキロメートル単位の鋼の軍勢。どう見ても機械の彼女らはしかし、実際には人工物ではない。金属生命体なのだ。
「―――これが、全部」
赤色巨星内部は光を通さない。目に映るのは全て、鶫がセンサー情報に処理を施した映像である。それを見て、遥は絶句していた。敵勢は艦艇だけでも何百。35メートル級の指揮個体は何千という数だろう。まさしく大軍勢。その懐に、鶫と遥はたった二人で乗り込もうとしているのだ。
我ながら正気の沙汰とは思えなかった。
だが。己は、この怪物どもを。銀河を埋め尽くすというその全てを滅ぼす、と誓ったのである。ここにいる、高々何千という程度に怖気づいていては始まらぬ。
「―――はは。ははは。なんというか現実感がないな。あれが本当に機械じゃないのが信じられないくらいだ」
「生きています。それどころか彼女らはある意味、全員が私の分身でもあるんです。だから、大丈夫。相手の事は手に取るようにわかります。―――信じて」
「信じよう」
敵勢は既に、こちらを。金属生命体、突撃型指揮個体である鶫を認識しているはずである。されど、特に何のアクションも起こしてはこなかった。敵だと気づいていないのだ。
欺瞞されている証拠だった。あの赤い指揮個体より奪った識別信号に。
ゆっくりと、二等辺三角形型の巨艦とすれ違っていく鶫。遠方からでは滑らかに見えたその構造が、実際には多数の複雑な直線のパーツでできていることに遥は気づいた。用途が想像もつかないが、きっと何らかの意味を持つはず。
そして巨体を包み込むように展開している防御磁場と、その内側で広がっている
「……鏡で、輻射熱を反射しているのか」
「はい。あれは本来対レーザー防御兵装ですが、こういう環境下でも使えないことはないんです」
やがて、砲塔やセンサーアンテナをかすめて通り抜けたふたりの斜め下方に、とてつもない巨体が現れた。
距離が遠くてサイズが分かりづらいが、あれは地形どころの騒ぎではない。小天体規模の大きさがあるのではないか?
見えてきたのは、細長い箱型の構造体であった。
母艦機能を備えた機動要塞級金属生命体。この場にいる金属生命体群の指揮官のはずである。
「―――そろそろ、不審に思われるころです。覚悟をしていてください」
「了解した」
遥は頷いた。この状況で己にできることなどまさしく覚悟くらいだが。
鶫は、全身の装甲下に配された推進器の出力を上げる。装甲を透過した光子の圧力は強大な推進力となって3万トンの体を押し出し、ふわりと降下させた。
◇
指揮官を守る最後の砦。そう呼ぶべき襲撃型指揮個体の編隊は、総計256機。その他、仮装戦艦や亜光速戦闘能力を持たない下位個体も多数配置についていた。突撃型は少ない。その大半が攻撃に振り向けられているからである。この環境下では、ビーム火器が主力の襲撃型や遠距離戦主体の仮装戦艦が活躍できるとは言い難い。
その中の1体である襲撃型指揮個体は、上空より降下してくる突撃型を目に留めた。とはいってもぼやけ、正確な姿は不明瞭であるが。四肢と副砲を持つ標準的な個体であろう。冗長性を確保した
―――止まらない。
この時点で指揮個体は警告を出した。突撃型に対してではない。味方全体に警戒を促したのである。同時に構えた250メートルの銃剣が敵へと向けられる。持ち主の7倍もの長物は突撃型の防御システムでも防ぎきれぬ強烈なビーム射撃と、そして刃による間合いの外からの攻撃を可能とする。襲撃型とはこの兵装を運搬するためのプラットフォームなのだ。
常よりも著しく減少した射程内に敵影が入り込むと同時、銃剣が火を噴いた。強烈な荷電粒子が相手に襲い掛かり、そして。
切り裂かれる。
防御磁場を一点に集中して凌いだのだ、ということを思考するより以前に、襲撃型は相手へと襲い掛かっていた。400Gの加速度で相手へと斬りかかったのである。
300km級小天体ですら破壊する、恐るべき一撃。瞬間的に極限まで増大した質量はしかし、敵手の刃。武装と化した四肢によって受け流され、そして銃身の半ばから切り飛ばされる。
銃剣を投げ捨てる。頭部副砲よりレーザーを投射。相手に防がれるのも構わず踏み込む。刃となった五指の抜き手を突き出す。
そして、恒星の靄を抜けて互いの防御磁場が重なった瞬間。敵の全容が目に留まった。
碧の突撃型指揮個体。刃の四肢と小ぶりな頭部。両腰から延びる、折りたたまれた
―――味方が、どうして?
疑問符を浮かべながら、襲撃型はその生命を断たれた。胴体とともに。
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