第40話 女子高生の作り方

恒星とは元素工場である。

宇宙はかつて、無だった。そこから、ゆらぎによって急膨張インフレーションが起こり、宇宙が始まったのである。急膨張が終わった時、そのエネルギーは物質と光と熱へと変わる。高温に満ちた世界。物質の動かしにくさとしての質量はまだ存在せず、どころか物質を押しとどめる四つの力すらも働かず、あらゆる素粒子が自由自在に動き回っていた時代。やがて宇宙は低温となり、素粒子は自由に動くだけの運動エネルギーを失った。互いに捕まり合い、陽子と中性子が。次いで水素元素が誕生したのである。更には原子核同士の激突、すなわち核融合反応によって、ヘリウムやリチウムが生まれ、更に宇宙が低温になった頃。最初の原子からなるガスが重力で集まり、星が、生まれた。こうした第一世代恒星ファーストスターたちは内部で核融合反応を推し進め、現在存在しているあらゆる元素を誕生させる。やがて彼らは寿命を終え、爆発。構成物質をまき散らした。現在存在する、宇宙のありとあらゆる存在は第一世代恒星ファーストスターの子孫なのだ。そう。鉄原子も。岩石惑星も。金属生命体も。人類も。

要約してみよう。

地球から500光年も離れた赤色巨星で女子高生が死闘に巻き込まれているのはすなわち、宇宙がビックバンを起こしたせいである、と。


「はい、先輩!」


  ◇


金属生命体とは、急膨張インフレーション直後の時代の宇宙をその身で体現する存在である。生身でマイクロブラックホールを生成し、量子トンネル効果を制御して物質とエネルギーを自在に組み替え、負のエネルギーを生むことで空間を制御し、物質が質量を備える相転移以前の真空を再現する事で亜光速にすら達する超生命体。

だから、彼女らは単なる一挙動ですら、極限の宇宙物理学の体現である。

刃の腕が振り下ろされた。それは、極微時間プランク秒の刹那、そのポテンシャルエネルギーを極大化させる。不確定性原理によって保障された、量子が障壁を乗り越える現象。そのためにされた強大なパワーは、見た目上刃の質量の増大、という形で具現化すると、襲撃型指揮個体の胴体を紙切れのように切り飛ばした。

「―――!」

都市の外壁にとりついた金属生命体群。その最後の1体を撃破した鶫は、。全身の状態をチェック。損害は軽微。体温がかなり上昇してこそいるが許容範囲内である。

そこまで確認した彼女はようやく笑みを浮かべ、傍らでこちらを心配そうに見てくる先輩へと顔を向けた。

「鶫……」

「大丈夫です。先輩。まだまだ私、元気ですから」

へたくそなガッツポーズを取る後輩に噴き出す遥。この超生命体は時折こういうことをする。彼女のおかげで、遥はどれほど救われただろうか。

「よろしい。

こちらは片付いたようだが、どうするかね?」

「敵の頭を潰しましょう。かなり危険ですが」

「うむ。止むを得まい」

頷く遥。こういうことはプロフェッショナルに任せるのが一番であろう。何しろ1万2千年のキャリアである。

先輩の同意を得た後輩は、自らの案を実行するべくもふもふたちへの回線を開いた。


  ◇


「―――居留区セツルメントに取りついた敵勢、殲滅されました」

その一報に、室内は歓声に沸いた。

「……ふぅ。助かった、か」

「賭けには勝ちましたな」

居留区の中枢にて、市長。危険な試みだったがうまく行くとは。素晴らしい。まだ攻め寄せた敵勢全体を退けたわけではないにせよ、1体の金属生命体がまさかここまでやってくれるとは。

「例の金属生命体―――あ、いえ、より入電です」

「こちらに回せ」

オペレーターの言い換えた気持ちは市長にも分かった。金属生命体に助けられたと思うよりは、あの異種族の少女に救われたと思う方が気持ちは楽である。しかしよくもまあ、この混乱で彼女らは合流できたものだが。

送りつけられた文面。わざわざ地球のフォントで『鴇崎鶫ときさきつぐみ角田遥すみだはるか』の連名になったそれを開いた市長は渋面になった。

「……これは」

「興味深い提案です。試してみる価値はあるかと」

市長に返したのは教授である。この黒光りする昆虫型生命体は、またもや面白そうな顔をしていた。

さらに助け舟を出したのは、機械知性パウリ

『地球には何でも、「毒を喰らわば皿まで」という格言があるそうですが』

「一体どういう意味―――ああいや、想像がついたぞ。言わなくてよろしい。

―――よかろう、確かに我々は毒を喰ってしまった身だ。皿まで喰っても大差あるまい」

そして市長は一拍を置くと、命令を下した。

「恒星内部の地図をに提供しろ。これまでの戦術情報、その他作戦遂行に必要なものもすべてだ」

『了解致しました』

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