第37話 復活の優しき悪魔

鶫は、闇の中にいた。

外部と繋がっている唯一の回線も先ほど途切れ、完全な無感覚状態に置かれていたのである。状況から察するにこの都市が直接攻撃を受けたのだろう。となれば、そう長くは持たないかもしれぬ。

されど、己にはどうする事もできない。封じられた自分には。

そのはずだったが。

―――失礼。少しいいかね。

外部から語り掛けてきたのは、都市の中枢ともいえる機械知性だった。すぐさま鶫は返事を返す。

―――はい。なんですか?

―――実は少々よろしくない状況だ。我々にとっても、貴女にとっても。

―――この都市は、後どれくらい保つのですか?

―――話が早くて大変結構。保ってあと十数分といったところか。それ以上は損害が後戻りできないレベルに到達するだろう。

―――私に何をしろ、と?

―――君の同胞を排除する。協力してほしい。

―――承知致しました。既に血塗られた我が手です。それに、同胞の過ちを正すのは、過ちに気付いた私の義務ですから。

―――頼もしい。それに、面白い表現を用いるものだ。血の通わぬ金属生命体が、『血塗られた我が手』か。地球流かね?

―――その通りです。

―――よろしい。では、少々待っていてくれたまえ。の許可を取り付けて来よう。


  ◇



「ここまでか」

市長の呟き。それを、都市の機械知性パウリは聞いていた。厳重に防御された構造体の奥深く。巨大なクジラの形をした居留区に置いて、市長が座する司令室の優先保守順位は実の所、第二位でしかない。真に守られるべきは機械知性が設置された中枢コンピュータルームだった。とはいえ、このレベルの優先順位を議論する段階となればもはや戦略的には大敗していると言っても過言ではないが。

実際、現在進行形でその通りとなりつつあった。敵の何体かが都市に取りつき、外壁を破って侵入したのである。機動要塞の一種である居留区は突撃型の強力な攻撃肢であっても破壊し尽くすのは困難だが、中枢まで攻め上られれば同じことだ。奴らを阻止するべき予備戦力はもはやない。外で懸命に防御に努めている羊たちが敵勢を退け、こちらに兵力を振り向けることができるならば別だが望み薄であろう。

「―――ご苦労だった」

市長の言葉は、この時司令室にいた、すべての者へと伝わった。

「いえ。お世話になりました」

返答するのは教授。彼らの内にはある種の覚悟があった。

都市を失ってでも、敵には何も渡さぬ、という強い決意を。

奴らは中枢より重大な軍事機密を奪い取るであろう。この星系に存在する味方艦隊の配置。他の都市の動向。そして、最重要の機密。

他の星系に隠れ潜む、もふもふたちの都市の存在について。

この情報だけは絶対に奴らに渡すわけにはいかなかった。居留区を自爆させてであっても。

「もはや打つ手はなくなった。かくなる上は―――」

『いいえ、市長閣下。まだ打つ手は存在します。予備兵力が、ひとつだけ』

市長の言葉。最後の命令となるはずのそれに、異を唱えたのは意外な人物。いや、彼はひとではなかった。生命を持たぬ身であったのだ。

発言者は機械知性パウリだった。彼の役目は、主人に対して最適の道を提示することだから。

「何?そんなものがあるだと?」

『はい。十三番格納庫。あそこに封じた突撃型指揮個体を用いるのです』

機械知性パウリの言葉の意味を、その場にいる炭素生命たちは悟った。

「な―――正気か!?あれは…!」

『ええ、正気ですとも。もし私が狂っていたならば、命令を待たずにあれを解き放っていたでしょう。もちろん私は狂ってなどおりませんので、市長閣下のご命令があるまであれを解放するようなことはいたしませんが。

既にとの交渉は終了しております。ご命令があれば、いつでも彼女を我々の兵力として運用できるのです』

静まり返る場。静寂を破ったのは、昆虫の姿を持つ男の言葉だった。

「面白いではないですか。市長。どのみちこれ以上状況が悪化することはありません。成功しても失敗しても、貴方の名は歴史に残りますぞ」

「……ええい!君だって当事者なんだぞ。もっと深刻そうにしてはどうかね!

よろしい。私の責任において命じる。の鎖を解き、防衛に協力させよ」

『承知致しました。閣下』


  ◇


格納庫は、炎に包まれていた。

戦時故に狭苦しく思えるほど多々の機材が置かれた空間。そこは居留区の外部構造に属する部分であり、大破した兵器類の修復措置などが行われていた場所である。

されど、すでにその機能は失われていた。気密が破れ、何千度という外の高熱が流れ込んできたから。

外郭に破孔を穿った侵入者は、そのとてつもない体重を感じさせぬ軽やかさで降りたった。車両ほどもある巨大な足先が踏み潰した黒い塊は、逃げ遅れた作業員のものであろう。

突撃型たる彼女の力でも、転換装甲で構築された内部構造を破壊するのは困難である。故に、構造の脆弱な部分を破壊し、深部へ向かう必要があった。

周囲を見回した時だった。動態反応を検知。有意なエネルギー放出。床を伝わるのは駆動音か。敵の気配を感じた突撃型は身構える。

彼女の視線の先。炎に包まれる中に、その異様なハンガーはあった。

恐ろしく強靭な構造体。やや洗練さを欠くように見えるのは急場しのぎだからやもしれぬ。それ自体が一つの建築とも言える巨大な十字架は、ちょうど突撃型指揮個体を磔にするのに相応しい。

天井より吊されたその構造体は、かすかに動いた。いや。内側から押し広げられつつあったのだ。その異様な光景を、突撃型は呆然と見ていた。なぜならば、内部より発されている信号はあり得ないものだったから。

紛れもない、友軍の識別信号。

それは急速に変調し、複雑に変化し、そしてまったく別の信号へと落ち着く。

突撃型の知らない新たな識別信号を発しながら、そいつは十字架を押しのけ、内側より姿を顕した。

小振りな頭部の前面を覆うのはバイザーであり、後頭部から延びる複雑怪奇な放熱板と相まって少女のごとき印象。それは腰のくびれ。うなじが描き出す曲線。腰より延びるスカート状の副腕サブアーム。これらによってより強調されている。

驚くほどに澄んだ碧の体色のそいつは、刃の四肢を誇示しながらこちらを。そう。頭部のバイザーを展開し、二門の主砲である双眸で、こちらを睨みつけたのである。明らかな宣戦布告。

───こいつは敵だ!!

防御磁場とイオン幕の鏡レーザー・ディフレクターを最大にしつつ、突撃型は間合いを詰めた。必殺の抜き手が襲い掛かる。

対する敵手の動作は、ただの一挙動。ふわり、とした動作で、舞うように右半身を一閃したのみ。

それで、十分だった。

―――え?

。上半身と下半身。突撃型指揮個体の腰に埋まった中枢コアごと、体が両断されていく。

勢いあまって壁に激突した下半身と、そして天井の方へ飛んで行った上半身。分かたれた彼女は、別々に敵手へ問いかけた。

―――お前は、一体。

消えゆく生命の灯火。急速に死につつあった突撃型へと与えられた返答は、以下の通りである。

―――私は、鶫。地球人類。北城大付属高校一年、天文学部員、鴇崎鶫ときさきつぐみ

答えの意味を理解することもないまま、突撃型はその生命を終えた。

聞く者などおらぬ格納庫内に、鶫と名乗ったの独白が響き渡る。

―――待っていてください、先輩。すぐに行きます。

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