第36話 迷わぬ羊

迷い羊ストレイシープ級。

もふもふ族の主力機械生命体マシンヘッドである。その設計思想は創造主の哲学を如実に受け継いだものであった。しているほど強い、という。体表面は真空中でももふもふを維持するある種の金属結晶体をベースとした多機能装甲で覆われており、大型の躯体と相まって高い近接戦闘能力を備えていた。優れた熱伝導性でレーザーの熱を分散させ、その表面積の広さで放散。あるいは電磁場を帯びることで荷電粒子砲の接射すら弾き返すのだ。だから、彼らを仕留めるためにはよほど高出力の砲を用いるか。

あるいは、白兵戦に持ち込むしかない。

赤色巨星の内部という悪条件であっても、羊たちは高い機動性を発揮した。磁場を帯びたもふもふの毛が、プラズマの大気に対して整流機能を発揮したからである。無慣性状態を発揮できない環境下では、それは圧倒的なアドバンテージと言えた。

それですら、殺到する敵軍に対しては蟷螂の斧に過ぎなかった。戦力の大半を前衛に振り分けた状況下で、陣形の奥深くに慎重に隠されていた都市のひとつ。そこへ、敵が急襲を仕掛けてきたから。

都市攻略戦が始まりつつあった。


  ◇


咆哮が、プラズマの大気を切り裂いた。

小天体すら破壊し得る、強烈な荷電粒子砲の一撃。羊の口腔内から放たれたそれは敵、指揮個体に命中。―――する直前、強烈な防御磁場によって捻じ曲げられる。とはいえ戦果は小さくない。それは、敵手の姿勢を崩しただけではない。放散した強エネルギーによって、相手の目を眩ませたのだ。そこへ、400Gの加速度で頭から突っ込む。四肢を持ち、頭部を備える突撃型の腰へと、羊の頭部衝角が突き刺さったのだ。

致命傷だった。

全体を統括するコアを潰されれば、いかな突撃型指揮個体と言えども死すしかない。

頭部を振るい、敵の亡骸を振り払う。

羊は、周囲を見渡した。

十数の手勢は、三十を超える敵勢と懸命に戦っている。ここだけではない。各所で都市の防衛部隊と敵軍。総計数百という数の突撃型と羊やそれ以外の機械生命体マシンヘッドが激突し合っていた。亜光速兵器たる彼らにとって、最大速度で戦うことができぬこの環境下は大変にした戦場である。秒速数百キロであろうともスローモーションにしか見えないのだ。だから、この戦いは戦技よりも高度な先読みが求められる、詰将棋のようなものだった。

次なる敵を求める。

───目があった。

互いの索敵用レーザーセンサー。それが交差し合い、そして羊と金属生命体は踏み込んだ。敵は刃の四肢を備える旧式の突撃型。目も覚めるような赤が印象的である。

敵手の刃と、羊の角がまず、ぶつかり合った。続いて羊の前脚が展開し、敵の足の刃と。

相手が続いて広げたのは両の腰に備えた副腕。対する羊の後脚は届かぬ。

だから羊は、肩胛骨。自らの背中に折り畳まれた二基の副腕を伸ばした。

がっちりと組み合う互いの武装。指揮個体にはもう武器はない。奴の頭部の主砲の定格出力ではこちらの装甲を破壊できない。だが羊にはもう一つ武装がある。そう。口腔内の二門の主砲が。この間合いでは防御磁場でそらすことも、イオン幕の鏡レーザー・ディフレクターで散乱させることもできまい。

敵をしとめるべく口を開く。

勝った。

そう確信した瞬間。

突撃型指揮個体は、撃った。頭部主砲塔。そこに備わった、大出力レーザー砲を。

。突撃型指揮個体は、敵の装甲を撃ち抜くために安全限界を大きく超えるエネルギーを主砲に送り込んだのである。

自らの主砲塔をすら溶融させるほどの規格外の攻撃の前では、強靭なもふもふの装甲でさえ薄紙同然であった。

───無念。

首から肩口までを切断された羊は、敵が都市へと向かうのを見届けながら意識を喪失させた。


  ◇


「外はどうなっているんだ?」

「分かりません」

遥達が車両トラムで降下しつつあったのは都市中央の居住区画であった。先日訪れたときとは違い、半透明な壁が円筒形の各所を分断した構造となっている。万一の際に被害を局限する為であろう。

そして、人通りが全くない。以前はそれなりに賑わっていた市街地からはもふもふの姿が消えていたのである。

皆、シェルターへ避難したのだ。

その様子は、遥に寂しげな印象を与えた。

目的地はまだか。そう遥が尋ねようとしたとき。振動が、来た。

それは、車両トラムが走る壁面を大きく揺らす。それどころか、円筒形の市街地全体が、震えた。一度だけではない。何度も。何度も衝撃が伝わってきたのである。固定の緩い、すべてのものが宙を舞った。金具が飛び交い、シートが外れる。

激震は、数十秒続いて収まった。車両トラムの被害は甚大といえる。緊急停止したこの機械は、壁にかろうじて張り付いたスクラップと化していたのだ。

それでも乗客はまだ、生きていた。

「…ぅ」

頭を振り、立ち直る遥。

彼女が車両トラムの中ではね飛ばされなかったのは手すりをしっかりと握り締めていたおかげだった。そうでなければ命はなかったであろう。一方子供たちは、そのゴム鞠のような特異な身体構造によってあちこち跳ね回りこそすれ、目立った被害はないようだ。エアバックいらずである。

「みんな。無事か?」

のっぽの言葉に、各々が返事を返した。生きてはいるようだった。

「大変だ。とまってる」

まん丸の発言だった。まだここは目的地ではない。壁面の空中である。振動で破壊された車両トラムは機能を底止したのだ。

「どうするかね?」

「助けを呼びましょう。僕たちだけじゃ無理です」

まん丸が無事だった端末を手に取り、救援を求めようとした時のことだった。周囲が突如暗くなる。非常灯の薄明かりだけがあたりを照らしている。

照明が落ちたのだ、と悟った直後。さらなる災難が、一行を襲った。

通信の沈黙という最悪の状況が。

「おい、どうした?どうなったんだ!?」

子供たちが端末に叫ぶが反応がない。都市機能が重大な障害を受けたのだと、遥にも分かった。

パニックに陥る子供たち。対する遥は冷静だった。彼らに対してジェスチャー交じりにこう、告げたのである。

「非常用の手動装置はないのか?」

それで、のっぽにも思い至った。

「あ―――非常用開閉装置!」

扉を指さし、両手でそれを動かす遥の動作にもふもふの子供たちも意図を理解したらしい。通信障害のために端末経由の翻訳も途切れていたが、にも関わらず遥は指導力を発揮していた。

子供たちが扉の横のカバーを外し、露出させたハンドル。それを、宇宙最後の女子高生はともに回した。

開いた扉。その向こうは、風の強い空間だった。これだけ巨大な構造ゆえの対流かもしれぬ。無重力だから飛び出せば、対岸にたどり着けるかと思ったが甘かったか。それに、都市が動き出せば慣性がかかる。空中でそうなればどこかに叩きつけられて死ぬだろう。

それでも、なんとかしてシェルターに行かねばならない。

となれば、壁面伝いに行くしか無かろう。

入口から身を乗り出し、覚悟を決めた遥。

子供たちに先んじて飛び出そうとした彼女の行為はしかし、遮られた。

この日最大の災難が、彼女の眼前へと降り立とうとしたからである。

最初にきたのは衝撃。

ごく近くから来たそれに、遥は入口をつかむ手を手放していた。

「あっ───」

ちびすけが咄嗟に伸ばした手も届かない。

宙へと投げ出された遥。どんどん車両トラムより引き離されていく彼女を救う術はない。

絶望的な状況の中。空中より、遥は見た。

壁面を突き破る、尖塔のごとき刃を。

土煙と瓦礫をはね飛ばしながら出現したそいつの色は、赤。

信じがたいほどの巨体だった。ビルディングにも匹敵する機械が、まるで生き物であるかのような滑らかさで動いている。市街地の内壁を突き破り、顕現しようとしているのだ。生きとし生けるものすべての天敵が。

そいつの姿に、遥は。もふもふの子供たちは見覚えがあった。

「鶫―――じゃ、ない」

呆然と見上げる人間たちの前で、煙が晴れていく。

それは、少女だった。

姿を現したそいつは、少女によく似たシルエットの巨大な―――本当に巨大な、それこそビルディングにも匹敵する機械。だがしかし、遥はそいつが生命を持っていることを知っていた。

金属生命体群の、突撃型指揮個体。

刃の四肢。腰の副腕サブアーム。胴体のくびれ。本当にそいつは、鶫にそっくりだった。目も覚めるような赤色であることと、そして損壊し、溶融して髪を広げたような形態となり果てた頭部を除けば。

そいつの冷たい目―――実際は破損した砲だが―――が動いた。空中より自分を見つめる、矮小なる地球人へと視線を向けたのである。

勝ち目などない。どころか、こいつを相手にして炭素生命が生き残ることは不可能だ。

遥は、死を覚悟した。

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