第30話 小さな良心

子供たちの携帯端末に出頭命令が入ったのは、寝棚にどうやって異種族を寝かせるか、頭を悩ませ始めたときだった。

三名それぞれの端末の表示画面。そこには、こうあった。

「異種族を第13格納庫までエスコートせよ」と。

「……これ、ばれてる?」

「ばれてるなあ」

「怒られる?怒られる?」

ばれてた。明らかに大人たちには行動が筒抜けであった。これはきつい折檻をされるであろうことは想像に難くない。

とはいえこれは想定通りの状況ではあったから、一同は覚悟を決めると、欠伸(その動作の意味までは分からなかったにしても)を始めていた異種族へと声をかけた。

きょとん、とする異種族。彼女についてこさせるのもまた一大事だろうが、やるしかない。

三名は、眠そうな異種族を連れて家を出た。


  ◇


赤色巨星よりほんの26光年彼方。

ごくごく平凡な恒星と、その周囲を巡る惑星で構成されたありふれた星系も、交通に用いる重力資源という観点で言えば極めて重要であった。超光速航行に必要だからである。

慣性系同調航法は詭弁ドライヴと異なり、重力が均衡する点同士でしか移動ができない。トンネル効果が光速を越えて作用するように、位置エネルギーが一致する点同士を渡るのである。物質の存在はそれ自体が量子である。ある瞬間に消滅し、次の瞬間にそれは再び生成される。離散的なのだ。本来(量子論的な揺らぎの範囲内で)同一地点に出現するはずのそれを、均衡するもう片方の地点に再生成させるのが慣性系同調航法だった。

この航法の利点は幾つもある。ひとつがなこと。詭弁ドライヴと異なり、この航法での移動それ自体は目立たない。更には電波を移動させることだってできるし、適切な均衡点に衛星を設置すればよその星系や星系内同士であっても安定的な通信ができた。

されど、欠点もある。

移動先の重力情報が分からなければ跳躍しようがないのだった。光速で伝わって来た情報から現在の状況を算出することはできるが、それはあくまでも自然のままであるという前提である。小惑星を移動させるだけでも重力分布は変わる。すなわち出入り口を塞ぐことができるのだ。あるいは、何らかの予想外の自然現象が起きた場合か。

目的地への跳躍に失敗した金属生命体群。万を超える兵力の指揮官である、50kmサイズの機動要塞級の指揮個体は、別の場所。すなわち目標星系の隣に位置する、19光年先への移動準備を命じた。

―――気に入らぬ。

指揮官は、箱型の躯体の奥底で思考する。

慣性系同調航法が失敗することはよくある。離れた星系からでは見えぬ要因が邪魔となって跳躍を阻むのだ。彼女らとて物理法則には逆らえない。やむをえなかったし、最悪、重力状況を観測する部隊を詭弁ドライヴを用いて現地に送り込んでもよい。

だが。今回の事件。偵察部隊が壊滅した状況は腑に落ちないことが多すぎた。

原住民たちが太陽系と呼びならわしていた星系には、宇宙航行を始めたばかりのごく小さな種族しかいなかったはずである。彼らの力では、指揮個体の1体ですら破壊することはできぬ。にもかかわらず、母艦を含めた指揮個体33体がごく短い時間で殲滅されてしまった。亜光速近接戦闘の痕跡があったのだ。残念ながら、戦闘終了から時間が経ちすぎていたこと。そして特異点砲の爆発と、そして恐らく指揮個体による自爆によって周辺状況はかき乱された。痕跡をたどろうにも不可能だったのだ。

あそこに強力な戦力がいたのは間違いない。しかもそいつは現場から逃走したのである。

宇宙から、全ての敵の根絶を。

それは彼女の願いだったし、種族の総意でもある。彼女ら全体が限りなくひとつの意志を持つ知性である、と言い換えてもよかろう。

だから、想像の埒外だった。たった一体の突撃型指揮個体が種族を裏切った、などと。

金属生命体群というとてつもなく巨大な知性。そのうちに目覚めた小さな小さな良心が、ほんの一刺し。自身を突き刺したのだ、ということを。

全ては、想像もし得ぬことだった。


  ◇


子供たちに連れられ、へと戻って来た遥。彼女は、眼前に佇む金属塊を見上げていた。

ほんの少しだけ、外観が復元した巨体を。

「―――鶫」

『―――はい』

呼びかけの返事は、すぐそばからした。傍らに控えていた子供たちが持つ、端末から。

『ごめんなさい、先輩。今、口がないのでその端末を借りてしゃべっています』

「……鶫、なんだな?」

『はい。私です。さっき、目が覚めました』

「そうか。―――よかった。

約束、覚えているか?」

『もちろん。後で、お話します。そうお約束しました。でもその前に』

真の姿をお見せします。そう、鶫は口にし、変化が始まった。

損傷した躯体。その表面が復元していく。頭部が生え代わり、胸に突き立った刃が吸収されて復元の材料となっていく。少女らしいくびれを胴体が取り戻し、左腕が生え変わった段階で、再生は終了した。

右腕。両腰の副腕。両足。これらは再生していない。質量が足りていないためだった。

あの日。三宮が消滅した日、遥を見下ろしていた巨人がそこにいた。

『先輩。すべてをお話しします。

角田遥。人類最後のひとりとなったあなたにはその権利がある。そして、義務が』

碧の金属生命体は、語り始めた。

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