第29話 不死者と奇跡

金属生命体は本質的に不死である。彼女らに個の属性は薄い。破壊されても幾らでもバックアップで蘇る。

しかし、金属生命体群であることを捨てた鶫はもはや、不死ではない。彼女を蘇らせてくれる者などいないのだ。限りなく強靭な体と、化け物じみた再生能力。永遠の寿命を備えるとはいえ。

だから、目覚めた彼女が死を予感したとき、そのうちに生じたのは恐怖。

それは金属生命体群を突き動かす強烈な感情である。もはや並ぶ者のない大勢力へと彼女らを育て上げた原動力こそが、恐怖だった。個々では不死であっても、種族が滅びればすべてが終わるのだ。だから、彼女らは、自らが滅ぼされるという妄念に駆られ、敵対し得るすべてを破壊した。

周囲を機械生命体マシンヘッドに取り囲まれ、自身が瀕死の重傷を負っていたことを自覚した鶫の中に生じた恐怖。彼女は知っていたから。小さき生命たちの感情を。自分たちに向けられているであろう憎悪を。哀しみを。怒りを。

人間になってしまったから、理解できた。自分に向けられるそれら、負の感情を。想像してしまった。

それは、共感したと言ってもよかろう。彼女は無力となることで、小さき生命たちの感情を追体験したのである。

だが。

それすらも超える驚愕が、彼女を襲った。

金属生命体群の随分と古いフォーマット(金属生命体群と交戦している以上知っているだろうという教授の推測に基づき選ばれた)によって送り込まれて来たリアルタイムの映像。そこに写っていたのは、信じがたい光景だったから。

それは、奇跡だった。

人間と、そして黎明種族もふもふ族。まったく異なるふたつの種族がまじりあい、食事を共にしている様子。

鶫も理解はしていた。異なる種族同士であっても言葉を交わし合い、理解し合い、友誼を結ぶことも可能であると。現に、己は遥と友になれたではないか。

しかし、それとは違う。人間のふりをして遥と友達になった自分と異なり、黎明種族の子供たちは、姿そのままに遥とコミュニケーションをとっているように見える。ごく平和的に。

もふもふたちは勘違いをしていた。鶫が動きを止めたのは、遥の安全を認識したからではない。

眼前の奇跡に、目を奪われていたのだった。


  ◇


天体防衛には星系防衛が必要である。そして星系防衛には近隣星系を防御せねばならなかった。

だから、もふもふ族は半径四十光年に渡る哨戒網を構築している。高度に偽装された人工微惑星による無人哨戒機が、周辺星系には多数敷設されているのだった。

それらは収集した情報を自動的に慣性系同調通信にて転送。高度に圧縮され、ノイズと殆ど判別できなくなった信号は最後の数天文単位を渡り、そしてもふもふたちが展開している恒星内の軍艦の一隻へとたどり着いた。それは速やかに星系内全域へと共有される。

そして今。13隻のもふもふ族が保有する居留船と、同盟関係にある学術種族の都市船2隻。そして多数の防御艦艇。何万という数の機械生命体が厳戒態勢へと入った。


  ◇


「発見されましたかな?」

「現状ではなんとも。とはいえ居座られては厄介ですな」

「仮に見つかっていないとして、発見されるのは時間の問題でしょう。不運な」

円卓を囲むのは二十を越える要人たち。彼らは物理的にここにいるわけではない。通信回線を経由しての会議であった。

13の居留地セツルメント。2つの都市船。そして軍。もふもふと学術種族の首脳部が集結し、対応を話し合っているのである。

彼らが赤色巨星内部に住み着いているのは伊達や酔狂ではない。金属生命体群より隠れ潜むため。そして、いざ攻撃を受けた際に迎え撃つためである。

「先日そちらが回収したという、異種族の兵器を追跡してきたのでは?」

「可能性はあります。とはいえあれは、ワームホール経由で200光年以上は移動してきたようです。追跡の実現可能性は低いと見積もっていました」

「終わったことを言い争っても仕方ありますまい。どうするか、ですな。我々はこの500年、隠れ潜んできた。奴らがどのように進化したか、データが足りません」

「異種族からの聴取は?」

「現在、かなりの語彙は翻訳できております。とはいえ日常会話か、あるいは数学的・物理学的な意志疎通がせいぜいです。戦略的・戦術的に有意な情報を得るにはまだ時間が」

「可及的速やかにお願いします」

この後も様々な意見が交わされ、厳戒態勢の維持。そして、金属生命体群に対する防御を固めるという方向性で方針は一致。会議は一時解散となった。

会議の席に参加していた市長は、

脇に控えていた教授が苦労をねぎらう。

「お疲れ様です」

「ああ。―――そういえば、例の兵器だが。どうやって通信フォーマットを特定したのかね」

「はい。金属生命体群と交戦していた以上、やつらのフォーマットは理解しているだろうと思いまして」

「なるほどな。とはいえ我々が知っているのは随分と古いフォーマットのはずだが大丈夫なのかね」

「あの手のものにはほぼ確実に下方互換性が備わっていますから。実際うまくいきました」

「ふむ。

―――ということは、今ならあれを介して彼女と会話も可能か?」

「できるかもしれません。ここに来た当初は彼女にも再起動させられなかったわけですが、自己修復したのでしょう」

「分かった。

では早速だが、あれを通じて彼女とコミュニケーションをとってくれ。悠長にしている暇はないぞ」

「心得ております」

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