第28話 目覚める巨体

もふもふたちの都市。130キロメートルもある巨体の前方に設けられた格納庫で傷を癒していた少女つぐみは、目を覚ましつつあった。ほんの少しずつではあったが。

今まででずっとそばにいてくれた女性の姿を見失ったことで、その覚醒の度合いが進行したのである。

───どこ?せんぱい、どこにいるんですか?

不安に駆られた鶫は、原形をとどめていない体表面の組織を一部復元した。原子の配列を並べ替え、分子構造を組み替えて転換装甲と、そこに組み込まれた感覚器を修復したのだ。

全体が一つのと化した彼女にとって、実にたやすい作業。

とはいえ、疲弊しきった彼女にとってそれは著しく億劫ではあった。ほんの一挙動だというのに、続く行動に出るための気力が根こそぎ奪われていく。

それでも彼女は捜索の手を伸ばした。

記録にある、先輩を見失った地点。床に先ほどまで開いていた非常口へと電磁波やレーザーを放ち、詳細なサーチを始める。

だめだ。どうしても一定より先は見通せない。複雑な構造体のあちらを探すには、ここから動かなければ。

全身を復元する必要があった。

としたそのとき。

外部より、アクセスがあった。


  ◇


「いやはや、子供というのは時に驚くべきチャレンジ精神を発揮しますな。私も見習いたいところです」

「私は心配でそれどころじゃないがね……」

回線越しに言葉を交わしているのは教授と市長だった。二人は監視している子どもたちと、そして異種族の様子を眺めているところである。

機械知性(異種族はパウリとニックネームをつけた)が提供する現場の様子を、彼らは驚きを持って受け入れていた。何しろ子どもたちは万能合成機を使い、異種族が食べられるものを用意したのだから。

「これはせっかくです。晩餐までには迎えをよこす予定でしたが、まで延長してもいいかもしれませんな」

「君は楽しいか知らんが、うちのスタッフの心労も考慮してはくれんかね」

「もちろんですとも。ひとまず───うん?」

そこで怪訝な顔をする教授。実のところこの、もふもふたちとは明らかに異なる姿の昆虫型知的生命体も、もふもふから見れば異種族である。

学術種族。

銀河系で二番目に金属生命体群と交戦した種族の生き残り。最初に戦ったとされる商業種族が絶滅した今、銀河系最古の生き残りとも言えた。

そんな彼は、傍らのモニターに目をやり、そして口を開いた。

「おお。どうやら例の機体ですが、息を吹き返したようです。部分的に外殻を復元したと」

「何ぃ!?このタイミングでか!?」

「このタイミングなればこそでしょう。主人を見失って動き出したのかと」

「止めなければ!」

市長は席から立ち上がった。相手は突撃型指揮個体から逃げられるほどの亜光速兵器である。万が一暴れ始めれば大変なことになる。

「少しお待ちを───停止しました」

「なに?何をどうやった」

「ああ。大したことではありません。こちらから、彼女の情報を中継しただけです。あれは主人を守ろうとしただけでしょう。無事が確認できたので静かになったようです」

「……そうか。驚かせるな」

事も無げに言う教授の前で、市長は息をついた。今日は心臓に悪い事件が多発しすぎる。

もうこれ以上事件が起きないでいてくれればよいのだが。

ささやかな願い。

されど、好事魔多し。地球人がマーフィーの法則と呼称するジョーク集にも記されているように、よくないことは最も起きてほしくないときにこそ起きる。

市長室。いや、都市の中枢全域に警報が鳴ったのは次の瞬間である。

それは、望まれぬ来訪者の訪れを告げるものであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る