第27話 食の冒険

十分に進化したテクノロジーは、労働を不要とする。

万能合成機の普及は、旧来の産業消費資本主義を過去のものとした。恒星内部の豊富なエネルギーと膨大な元素から、大抵のものは作ることができるのだ。もちろん、機器の許容量と空間が許す限りにおいてだが。

ごく小規模なものならば万能合成機は私的所有が許されているし、必要ならば公共のマシンに個人がアクセスすることもできる。これらを用いて食料、一般的な装飾品、家具、その他単純で生産フォーマットを必要としない品物を生産するのはごくたやすいことだ。洗練された棘樹のブラシも、素晴らしく手触りの良い寝棚も、絵柄の入った磁器も、大量に生産することができる。ちょっと豪華なランチと、その料理に使うための食器とて思い立てばすぐ用意できた。原材料は、使い古された普及品をリサイクルしてもよい。たいていの万能合成機にはリサイクルシステムも付属しているからだった。

とはいえ、合成が厳密に禁止され、政府や企業から購入せねばならぬものも存在する。使い手の望みに応じて形態を変化させる多機能布や陽子崩壊バッテリー。耐久性に極めて優れた合成素材の品々。デザイナーによって発表され、著作権が保護された最新デザインの物品。そして、武装。ナイフや棍棒などの原始的なものを除けば、市民がアクセスできる合成機でそれらを製造できるものは存在しない。小火器から核融合爆弾に至るまで、それらは厳密に規制されている。

そして、元素転換。枯れた技術であるこれは、その実高度な機械演算力が必要だった。原子よりなお小さい素粒子クォークレベルで物質を解体し、組み換え、余剰エネルギーを集めて原子にするのである。その際に出る、再利用しきれなかった微細なエネルギーが中性微子ニュートリノとして放散されるのも問題だった。それは隠れ住んでいる都市の位置を暴露しかねないから、乱用は控えられている。大半は恒星の放射に紛れるだろうが。

だから、もふもふたちの暮らしぶり。それは、テクノロジーレベルから考えれば意外と質素ではあった。少なくとも、見た目には。


  ◇


「ほぉ……」

遥は、周囲の光景に感嘆のため息を漏らした。

丸っこい内壁。白く化粧された屋内にはそこかしこに小さな棚が据え付けてあり、あるいはネットが壁にくっついている。その中に様々な品々が収納されているのだ。無重力ゆえの工夫であろうか。いざという時のクッションにもなるに違いない。

そして、家の隅には六角形の連なった大きな棚。一つあたり、もふもふが一人入りそうな大きさである。遥は知らなかったが、それはもふもふ族の寝棚だった。彼らは小さいスペースに入り込んで眠ることを好む。惑星上で暮らしていたころ、外敵から身を守り体温の低下を防ぐための工夫を宇宙時代になっても続けているのだった。

ここはもふもふの子供たちの家。誰の家かはちょっとわからない。ひょっとすると三人で暮らしているのかもしれないが。ここに来るまでは大変だった。物陰に隠れながらのない巨大なパイプの上や斜面、建物の壁面を、時に何やらよくわからない四角いロボット(配送用らしい)の中に突っ込まれ、訳も分からぬままに連れてこられたのだから。小冒険と言ったところか。

家には大人は誰もいない。出かけているのか、そもそもいないのか。

小さな窓から外を眺めてみると、行き交うひとびとは全てがもふもふである。小さいもふもふもいれば大きなもふもふもいる。ぼよんぼよんと跳ねまわったり、あるいは地面を吸着靴で歩いている者もいた。蜥蜴と似たような原理で張り付いているのかもしれない。人類も分子間力による吸着を研究していた。

視線を戻し、三人の子供もふもふを見る。

彼らは何やらしゃべり合っており、ドリンク片手にきーきーと忙しそう。ドリンクのボトルは上からストローが伸びているタイプ。吸い込むとそのまましぼんでいく。遥が提供されていたのと同様のタイプだった。

ふと気になって、ボトルを指さし。

子供たちはしばしそのジェスチャーに怪訝な様子だったが、やがて同じものを部屋の隅のネットから取り出すと、遥に手渡した。

口を付けた遥は、それを味わう。

―――まずい。

思わず咳き込む遥。

味覚は摂取できるものとそうでないものを見分けるためにあるから、つまりこれは飲めない可能性が高い。恐らく体を構成するアミノ酸と形態が異なるのだろう、と予測し、遥はボトルを返した。

「……これは早く戻らないとしてしまうな」

遥は苦笑。まあそこまで心配はしていなかった。そのうち迎えが来るだろうから。

等と考えていると。

もふもふたちがこちらを見た。


  ◇


「ねえ、この人何食べるのかな?」

「分からないよ」

「……でも、何か食べ物を出さないとおなか減ってるんじゃ」

子供たちの会話であった。

求められるままに手渡したボトルの中身。もふもふたちにとっての甘味を、この異種族は吐き出した。恐らく摂取できないのだ。

とはいえ彼女は炭素生命に見える。水分は摂取するだろうから、純水なら問題なかろう。

それより重大なのは、食料だった。異種族がどの程度の頻度で食事をとるのかは謎だったが、飢え死にさせてしまえばえらいことである。

だから子供たちは短い首を突き合わせ、話し合う。

「この人自身の構成分子構造なら害はないんじゃ?」

「確かに」

「……じゃあ、それで行ってみる?」

結論が出た一同は素早く動きだした。のっぽがどこからか金属の匙を取り出すと、異種族に向けて歩み寄ったのである。

「―――!?」

「ちょっとごめんねー」

のっぽがギョッとしている(らしい)異種族に歩み寄ると、口をこじ開け、手早く舌を匙でこすり、細胞片を採取。

作業が終わると、すぐさま部屋の片隅に置かれた複雑な箱。すなわち万能合成機に匙を突っ込む。そのまま、採取した細胞片を合成して増やすことをAIに命令。

品物を分析した万能合成機は、すぐさま作業を開始した。

固唾をのんで見守る一同。

やがて、蓋が開き、中身がせり出してくる。パッケージングされたそれの中身は、促成で製造された異種族の肉だった。


  ◇


「……まさか、私の細胞から合成したのか?」

できたての生肉を提供された遥は困惑していた。状況から推察するに、それは遥自身の肉体から培養あるいは合成されたもののはずである。凄まじいテクノロジーだが、生肉を喰えと?

困惑する彼女を見つめる、ワクワクした三組の瞳。

その期待に満ちたまなざしは少女を追い詰める。

―――やめろ!そんなつぶらな瞳で私を見るな!見るんじゃない!!

抵抗は儚いものだった。こんなかわいらしいもふもふに見つめられて抗することができる女子高生がいようか?

「……ええい。女は度胸だ!」

覚悟を決めた遥は、パッケージを引き裂き中身にかぶりついた。

「……意外といけるな」

柔らかい。噛み千切りやすい。新鮮なだけあって食べやすかった。味付けが欲しいとは思ったが。なんというか、刺身を食べるのとさほど変わらない。

―――まあ、悪くはないか。

そんな事を思いながら、遥は肉を食べきった。

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