第26話 円筒の街
「―――ほぉ」
遥の口から漏れ出たのは感嘆。
そこは、天空だった。
とてつもなく広い円筒。対岸がかすんで見えないほどの空間は、機械仕掛けの巨大な構造物だ。
彼女がいるのはその上部。円筒内のでっぱりに堆積した土砂と、そこから上に伸びている奇妙な植物が生い茂ったこの場所は、ある種の公園なのだろうか?
無重力故だろう。随所にネットが張られ、住民たちは壁の内部に上へ上へと築いた街にへばりつくように暮らしていた。
円筒内部は、かすれてよくは見えないが橋も渡され、その上にも建築物が多数見受けられる。
驚くべき構造。ここは、もふもふたちの都市なのだ。
赤色巨星。死にかけた、太陽の何億倍も稀薄で低温の(とはいえ二千から三千度はあるはずだが)星の中とは言え、恒星内部にこれほどの都市を作り上げるとは。
信じがたい科学技術だった。
だが、そこでわき上がる疑問。どうして彼らは、わざわざこのような過酷な環境に都市を築いたのだろうか?
不思議だった。
不思議と言えば、無重力下であるにも関わらず上向きの構造をしていることも。
この都市は移動能力を持つのであろう。ニュートン力学によれば、運動エネルギーを加えられた物体はその場にとどまろうという作用が働く。慣性の法則である。
それは、見た目上重力のように振る舞うだろう。
だからこの都市のデザインはそれに備えたものなのだということが、遙には想像できた。
とはいえ、これほど巨大な物体が動くとは想像しがたいが。
何にせよ、素晴らしい。もっとこの目で確かめたい。自分は今、前人未踏の地にいるのだから。
遥は、根っからの
未だ人類が目にしたことのない世界。それを、彼女は目を輝かせながら見ていた。
◇
「なんか喜んでない?」
「じーっと見てる」
「……ずっと狭いところにいたから、気が滅入ってたのかも」
それぞれのっぽ、まん丸、ちびすけのもふもふである。
点検用通路を抜け、警備ロボットをだまくらかし、時に埃まみれになりながらもたどり着いた先。すなわち居住区の最上層部にある公園へと辿り着いた一行は、へたり込んでいた。約一名、黒い体毛の異種族を除いて。
彼女は子供たちの気も知らず、眼前に広がる光景を観察していたのだった。
「さて、これからどうするかなあ」
「よく考えたら、言葉が通じないんじゃ聞き出すも何もなくない?」
「あっ」
頭を抱える一同。とはいえ彼らは不屈の精神を持つ
「……だめならだめで、街を連れ歩いてみようか」
「そうだな。せっかくここまできたんだ。僕たちの街の凄さを見せつけてやろう」
「毎日同じ光景で飽きたって言ってた癖に」
三名は、未だはしゃいでいる異種族へと歩み寄った。
◇
「───誘拐されただとぉ!?」
そこは都市の中枢。もっとも頑健な場所に設置された市長室である。
その多目的デスクで、市長は報告を聞いていた。
彼が興奮したのも無理はない。何故ならばそれは、賓客として扱っている異種族の女性が不法に連れ去られた事を意味していたからである。
「それで、下手人は何者だ!?」
「はい。こちらを」
報告した機械知性が映し出した映像。空中に浮かぶ立体映像は、現実さながらの様子で犯行の様子を映し出していた。
「……私には子供のように見えるのだが」
「子供です」
機械知性は即答。その返答に、市長は頭を抱えた。
「ええいなんと言うことだ。教授につないでくれ」
機械知性は速やかに命令を実行。研究所にいる白衣の外骨格が映し出された。
「おや。どうされました?」
「とうもこうも、子供がおいたをしてな」
市長は手早く状況を説明。
聞いた教授は、面白そうな顔をした。
「ほう。素晴らしい。しばらく様子を見ましょう。もちろん、監視を置き、何かあればすぐに手を出せるようにして」
「……楽しんでおらんかね、君」
「もちろんですとも。何事も実践です。楽しまねば」
「彼女と子供たちを野放しにする理由は?」
「せっかくの機会です。閉所で彼女も参っていたようですし、気分転換も必要かと。
幸い彼女が生物学的に安全なのは確認済みですし、行動も大変おとなしく、知的です。また、運動能力においては一般的なもふもふ族の方が遥かに上回っております。
万が一にも街の住人に危害が及ぶ心配はないでしょう」
「私が心配しているのは、市民のこともそうだが彼女の身の安全だ」
「その点も問題ないはずです。子供たちがいます。彼らは羊飼いのスタッフですね?」
「うむ」
「ならば己の本分はわきまえているでしょう」
「わきまえていないからこうなったんじゃないのかね……」
いつの時代も宇宙作業従事者はエリートである。
羊を統率し、都市の廃熱を捨てにいく仕事が子供たちに任されているのは、彼らが都市の将来を担う者たちであるからだった。英才教育を受けた一部の子供たちのみが羊飼いの仕事を実習の一環として任される。
まぁそれは、
教授の言をしばし検討した市長は、やがてうなずいた。
「よかろう。ただし護衛はしっかりとつけさせてもらう」
「ご随意に」
昆虫に似た教授は、一礼した。
◇
【太陽系】
驚くほど高エネルギーに満ちた星系だった。
とはいえそれらはたちまちのうちに拡散していき、やがてはかすかな痕跡を残すだけとなろう。
今。太陽系は不意の来訪者を迎えていた。多数の金属生命体が展開していたのである。
彼らが探し求めるのは消息を絶った偵察隊の動向。
強烈なホーキング輻射がまき散らされた星系内の様子を精確に知ることは難しいが、それでも彼女らは不可能を可能とするだけの力と、そして勤勉さを兼ね備えていた。
あらゆる情報は最大でも光速でしか伝搬しない。
だから、十分に離れればそこで起きたことをリアルタイムに確認することができた。
彼女らはそうしたし、苦心の末に結果すらも得ている。
そう。
ここで起きた一連の戦闘。強力に武装した何者かの存在。偵察隊の全滅。
そして、偵察隊を全滅させた者が、逃げたという事。
太陽系には、痕跡があった。巨大な負のエネルギーが生じたこと。ワームホールが展開されたこと。それを抜けてこの場を立ち去ったもののこと。
そして、ワームホールの行き先に至るまで。
彼女らは敵の存在を許さない。すべてを滅ぼしてこそ、種の安寧は得られるのだ。
金属生命体群は、準備を始めた。
戦いの用意を。
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