第25話 いたずら小僧と女子高生
「ねえ。これまずいって」
「そんなことないよ。そもそもあれを見つけたのは僕らじゃないか。なのになんで大人たちは隠すの?」
「…せまい。くらい。つかれた」
もふもふの子供たちだった。
彼らがいるのは狭い管理用通路。物質透過技術があるため非常点検用以上の意味はないが、おかげで彼らがこっそりと潜り込めもする。
この真上は、格納庫だった。先日彼らが拾って来た金属塊。それが安置されているという。
あの日以来、格納庫は封鎖され誰も近づくことができなかった。中の情報もさっぱり出てこないのである。子供たちも例外ではない。
「確かめる義務が僕らにはある!」と子供たちの一人が言い出し、そして今に至る。
もふもふのうちのひとり。のっぽのもふもふは、腕に巻いた端末で位置を確認。
「ここだ」
真上の分厚い構造材を手動で動かす。
緊急用の通路をこじ開け、顔を出したのっぽは周囲を見回した。
明るい。見慣れた格納庫である。羊たちが何体かうずくまり、丸くなっている他、出口の真横に小さなコンテナのような建物も増えている。これはいったい何なのだろうか。
興味は惹かれるが、まず目当てのものをしっかり観察しなければ。
身を乗り出したのっぽは、後続の者たちを引っ張り上げた。
「ねえ、本当に大丈夫なの……?」
「しっ」
「往生際が悪いぞ」
ゾロゾロと上がってくる残り二人。ちびすけとまんまるの子供たちも格納庫内を見回し、そしてハンガーに固定された金属塊へと視線を向けた。
「あったぞ。あれだ!」
背中のザックから取り出した箱型の機械をそちらへ向け、スイッチを押し始めるのっぽたち。
記録機材であった。
可能な限りの撮影を行った子供たち。
されど、そこに影がかかった。
50メートルもの構造体。
羊である。
侵入者を排除するつもりなのだろう。だが問題ない。施設内での彼らの素早い挙動は禁止されている。どうしても必要な場合(都市内部で核融合爆弾が炸裂するのを阻止するような)を除き、無慣性機動は愚か、あまり素早い動きもできないのだ。50メートルの巨体で動き回られては危ない。それを回避するためだった。
侵入経路とした非常口に入ってしまえばもう追っては来られないだろう。
そのはずだったが。
「―――ひ、ひっかかった!」
なんと、まんまるの子供が非常口に引っかかっているではないか!
これでは逃げられない。大人たちにきつい折檻を受けてしまう。
だから、のっぽとちびすけは一計を案じた。まんまるを引っ張り出すと、横のコンテナ。簡易式の居住スペースのAIに命じ、出入り口を開かせたのである。
三人は、コンテナへと飛び込んだ。
◇
―――眠れない。
目を覚ました遥は寝袋から出ると、傍らに置かれたボトルを手に取った。
中には飲料水。何らかのフレーバーが加味されているらしく爽やかな味付けである。
部屋の中を見回す。
周囲に置かれているのは随分と増えた贈り物の数々。辞書には大変助かっているし、吸着靴のおかげで床を歩くのもへっちゃらになった。日記の束もそろそろ異星人について小論文を書けそうなくらいにまとまっている。
とはいえ、この狭い空間で暮らすと気がめいってくるのは確かだった。いい加減外の、どこか広い場所で空気を吸いたい。もちろんそんな都合のいい場所がこの都市にはない事など、彼女にはよくわかっていたが。
「―――誰か、客でも来てくれないものか」
思わず、そんな呟きが漏れ出たとき。
まさしくそのタイミングで、入り口が開いた。かと思えば飛び込んできたのはみっつのもふもふ。
彼らが入り終わるのと同時に入り口が閉まる。
「―――何?」
この来訪は今までになかったパターンだ。びっくりした遥はすぐさま身構えた。
勢い余ったのであろう。壁にぶつかってつぶれた饅頭みたいな体勢になっているもふもふたちの姿はほほえましい。
―――そういえば、珠屋のまんじゅうをまた食べたいな、もちろん鶫と一緒に。ああ、でももう珠屋はないのか。三ノ宮ごと吹き飛んでしまった。
そんな考えを遥が浮かべている間にも、饅頭たちは動き出す。
すぐさま壁から離れたもふもふたち。よくよく見れば、今まで見てきたもふもふと比べて随分と小さい。子供であろう。
彼らは何やらこちらを向いたり外を指さしたりしながら、きゃーきゃーと話し合っている。
どうにも状況が読めないが、彼らの印象を一言で言い表せばいたずら小僧。
「……ははぁ。さては勝手に入って来たな」
随分と高度な科学技術を持ったひとびとだと思っていたが、こういう所は人間とあまり変わらないのだな、と遥は苦笑。この闖入者たちをじっくりと観察することにした。
対する子供たちはしばし話し合っていたが、やがて中断。
遥の方を向くと、こちらへと寄って来た。
「何?え?なんだどうした」
困惑する遥を取り囲むもふもふの子供たち。彼らは、遥を部屋の入口へと引っ張っていくと、端末を操作。
扉が、開いた。
「うわっ」
子供たちの盾代わりにされた遥はぎょっとした。眼前に巨大な顔。羊がいたからである。
ギョッとしている遥を、子供たちは押し出した。無重力である。踏ん張りがきかず、羊の方にゆっくり漂っていく遥。
羊は、ゆっくり遥を避けるように下がった。
その隙をついて飛び出す子供たち。見れば、床に穴が開いている。あんな場所に通路があったとは。
「お、おい!?」
まんまるが飛び出し、続いてちびすけの子供が穴へ突入。
そして最後。のっぽのもふもふが遥の手を取り、穴へと飛び込んでいく。
遥も、訳の分からぬままに引っ張られていった。
◇
「―――どうするんだよ、連れて来ちゃって!?」
「仕方ないだろ、このひとを盾にしないと捕まってたよ!」
「これ、今逃げ切っても絶対、後で怒られるパターン……」
点検用通路の中。
壁を蹴りながら移動している子どもたちは、最後尾。思わず連れてきてしまった異星人らしい相手の扱いに頭を悩ませていた。
後ろからついてくるのは奇妙にひょろひょろとした異種族。黒い体毛を複雑な意匠で束ね、胴体を覆っているのは白い布。足には吸着靴を履いているほかは何も持ち物はないようだ。
状況からして、あの金属塊と何か関係があるのだろう。
「どうする?返してくる?」
「いや。どうせ怒られるなら、できるだけ色々聞きたい」
「……そうだなあ」
結論を出すと、三名は遥を振り返る。
「急ごう。言葉は分かる?」
問われた異種族は首を傾げた。そのジェスチャーの意味を子供たちは理解できなかったが、話が通じていなさそうだという事だけは分かった。
「……ま、いいんじゃない?連れて行けば」
ちびすけの言葉で方針が決定。のっぽが異種族の手を取り先導する。
異種族は逆らわずについてきた。
彼らが向かう先は、市街地。
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