第24話 二人の孤独
―――ああ。ずっとこうしていたい。
鶫は、そんなことを思った。
瀕死の重傷を負い、意識が混濁した彼女。敵の自爆から辛うじて逃れ、展開したワームホールからこの星系へと跳躍した鶫。残された力を振り絞って、大切なひとを。遥を再構築した彼女は、まどろみの中にいた。
酷い有様だった。
頭部も、四肢も失った。全身のほとんどが溶融し、機能しているのはごくわずかな領域だけ。コアに致命傷がないのだけはありがたい。まだ修復可能な範囲内だった。
色々な事がありすぎた。遥にとってこの数時間が激動だったように、鶫にとってもこの数時間は人生がまさしく一変する時間だった。
自分が、化け物だったなんて。
過去に幾多の種族を。多くのひとびとを殺してきた、この体。刃の四肢。転換装甲で構築された強靭無比なる不死の体。一撃で大陸すら砕く副腕。二門の砲を搭載した頭部。
どれもが疎ましい。
だが、化け物の体と、そして膨大な戦闘経験。この二つがなければ戦えない。遥を守ることができない。
大切なものを守るための力が、鶫を苦しめるのだ。
だが、何も知らなかった頃に戻りたいとは思わない。ただの金属生命の1体として、宇宙を駆け巡り、大地を這う生命を冷酷に滅ぼしていたころには。
己の罪深さに恐れおののきながら、鶫は再び深い眠りに就いた。
◇
───13日目。
記録者:角田遥
もふもふたちとの交渉によって紙とペンを入手できたため、これまでの出来事を記録しておきたいと思う。
まずは自己紹介。
私の名は角田遥。西暦2000年2月18日生まれの17歳。この春、北城大付属高校二年生となったばかりの天文学部部長である(と言っても部員は私を含めて二人しかいないが)
私が置かれているこの奇怪な状況の始まりがいつか、ということに答えを出すことは難しい。しかしあえて言うならば、天文学部の部室の扉を、私の愛すべき後輩。鴇崎鶫が叩いたとき、全ては動き出したのだろうと思う。
事の起こりは5月3日深夜。泊まり込んだ後輩の家から始まった一連の異変は、私の世界観を破壊し尽くすのに十分すぎる出来事だった。何しろ警官(の姿をした怪物)に襲われ、後輩は超人的な能力を発揮し(私を抱えて何十メートルもジャンプしたのだ!!)、休息をとった牛丼屋では巨大ロボット(そうとしか言いようがない!!)同士の戦闘に巻き込まれた。見えた範囲だけでも三宮一帯は絶望的だろう。
だが真に驚愕すべき体験はその後だった。鶫によって連れられた先。巨大ロボットの一体に乗せられ、気が付いたときにはもう、この場所にいたのだから。
そう。
もふもふ族の住まう、この宇宙居留区に。
彼らもふもふ族について判明している事実を書き記していきたい。
身長1メートル半。体重はちょっとわからない。茶色の毛で覆われ、全体としてはもふもふである。四肢を持つが人類と比較してひょろ長い。肘、膝、手首、足首を持ち、手は六指なのに対して足は四指である。関節構造は少々分かりづらい。
首は存在しているが、頭部は半ば胴体に埋没している。口、1対の目がある。眼球は黒。くるりとしてかわいらしい印象を受ける。
面白い特徴として、体を大きく膨らませたり逆に収縮させることができる。私が確認した範囲では二倍から半分まで伸縮自在のようだった。無重力環境によく適応し、膨らませた体から空気を吐き出して進むことができる。
彼らは毛皮があるためか衣類を身に着ける習慣がないらしい。代わりに様々な装飾品を身に着け、またもふもふの毛皮を維持することにとても熱心である。どうやらもふもふな方が偉いようだ。
知能は驚くほどに高い。彼らの知性機械(私は"パウリ"と呼んでいる)が、私の言語を学習したそうで会話の仲立ちとなってくれているのだが、あるもふもふと会話した際に彼らの知性の一端を垣間見た。核融合反応とその触媒となる素粒子(人類がその用途で発見しているのはミューオンだけだが、彼らは何種類も知っていた)についての話題となったが、彼らとは実に楽しく深く議論することができたのだ。驚くべき知見と知識である。また、彼らは大変穏やかな性質を持っているような印象を受けた。
最も、私がこの文章を書いている時点までで出会ったもふもふはまだ6体のみである(個体識別が誤りなしであればだが)。
私がこの場所にたどり着いて以降、いまだにこの格納庫の外には出られていない。生物汚染などの危険を考えれば、まったく異種の知的生命体をうろつかせるなど危険極まりない行為であろう。この点でも彼らは賢明と言える。
あと、彼らの技術力について。
どうやら彼らはある種の物質合成技術を備えているらしい。3Dプリンタのはるかに進歩した機械というべきか。それを利用して、私の食料を作ってくれている。おかげで餓えることはない。実を言うと味は少々不満があるのだが、それも徐々に小さくなっている。改良されているようだ。
また、こまごまとした品物も供給してくれている。
そして驚異的なのが、羊の形状をしたロボットである。
どうやら自発的に行動しているらしい彼らは高い知能を持ち、そして何より驚くべきことに遊ぶ。仲間同士でじゃれ合ったり、毛づくろいをしたりするのだ。どう見てもあれは生物である。だが、私は彼らが機械であることを知っている。限りなく生命体に近いルーチンで動く機械生命体とでもいうべき存在なのかもしれない。恐らくもふもふ族たちの労働力としての役割を担っているのだろう。
彼らについては分からないことだらけであるが、少なくとも悪意を持たぬことは明白である。とはいえ、不安要素もある。この滞在が一時的なものではなく、長期にわたるであろう可能性は極めて高い。となれば、彼らの態度はいつまでも今まで通りであろうか。
また、私自身の体調の問題もある。無重量環境に長期間いることで、既にかなり体力が落ちている印象があった。早急に解決する必要がある。無重力では人間の骨格からカルシュウムが流出し、また筋力も負荷の低減から衰えていく。
わたしに残された時間はどの程度あるのか。
ああ。鶫。親愛なる我が後輩よ。
早く、私を安心させてくれ。
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