第23話 素敵な贈り物
「"プレゼントボックス"で行きましょう」
それは"マッド・ティー・パーティー"が始まる前のこと。
廊下を進む市長。彼に続く教授が告げたのがそれだった。
「常ならば数列交換から始めるところですが、相手がせっかくこちらに乗り込んでいるのです」
宇宙でもっとも普遍的な言語は数学である。こればかりは宇宙のどこに行っても同じだから、未知の種族であろうとも通じる。今までに幾度も通用した実績もあった。
だが今回の教授の案は異なるようだった。相手(生物学的に女性性であることが確認されている)が手の届く場所にいるのだから、喜びそうな品物を渡して反応を見るのはどうかと提案したのである。
一般的にこのような時、プレゼントされるのは稀少元素類(化学的に安定した純金が好まれる)、工芸品、芸術品、食料品、辞書など。どのような品物に興味を持つか、あるいは受け取りを拒否するか。反応を見て、相手の人なりを判断するのだ。
「ふむ。
彼女。そう呼ぶが、彼女の生命構造は判明しているのだな?」
「はい。スキャン済みです。とはいえ脳内の情報の翻訳は手こずりそうですが」
「それは後でいい。それより、生物汚染の危険性は?」
「ありません」
教授は即答。件の異星人は、完全に滅菌された状態だったことが確認されている。生化学的危険は全くない。
市長はしばし考え込み、これはたとえ話なのだが、と前置きしてから意見を述べた。
「金属生命体に襲われ、乗機が半壊し、命からがら安全な場所にたどり着いたとする。君ならまず何がほしいかね」
「食料。それと水分ですな」
「よし。食料と飲料水。まずはこれだ。ほかには?」
「適切な住環境が必要です。彼女の身体構造からの推察ですが、清潔な環境を用意すれば喜ぶでしょう。その維持に必要な、排泄物処理の為の設備も必要かと」
「ふむ。」
「それと、我々についての情報。未知は不安を呼ぶというのは多くの種族に共通の習性です」
ふたりはこの後も意見を交換しあい、機械知性や部下たちの補助を受けていかなる接触を行うか。それを決定した。
◇
そして今。
市長は、未知の異星人。"彼女"を招いた食事会を主催していた。
相手にはこちらがどう見えているだろうか。
未知の相手に堂々と姿をさらす紳士?それとも蛮勇の持ち主に見えただろうか。全く理解できぬ感想を持っているかもしれぬ。
彼女に振る舞ったのは物質合成機で作った専用の食料である。もふもふ族と彼女は多くの点で似通った生命を備えていたが、一部アミノ酸の形態が異なるために同じものは食べられない。それ故だった。
今のところ、こちらの意図は伝わっているように見える。彼女は敷物に座り、フォークスプーンを使いこなし、どころか実に優雅に食事を楽しんでいるようである。高度な訓練を受けた軍人階級かもしれない。
互いに2、3言葉は交わしたが、現状では意味を類推するにしても情報が足りなさすぎる。だが、こちらに敵意はないということだけは伝わったように見えた。
やがて食事が終わり、市長が彼女を客室───格納庫内に作ったスペース───へ案内しようとしたとき。
彼女は、なにやら身振り手振りを交えながら言葉を口にした。
◇
「まさか辞書や食料よりも一枚の布の方が喜ばれるとは予想外でしたな」
「まぁこれで謎が一つ解けたわけだ。彼女にとってはあれが、甲殻や体毛の代わりなのだろう」
"マッド・ティー・パーティー"を終えた後。
念のためと言うことで厳重な検疫を受けた市長は、そのまま狭いミーティングルームへ連行され、スタッフや教授らと反省会をする事となった。
彼らが話題としているのは"彼女"が要求した品物。すなわち一枚の白い布についてである。
彼女が市長へ伝えようとする身振り手振りは大変熱意がこもっており、やがてもふもふ側はそれが布を指しているのだという事を悟ったのだった。
布を受け取った彼女の反応は劇的なものだった。たちまちのうちにそれを折り曲げ、脇から下を挟むように巻き付け、両肩の部分を結び付けた上に右脇の開いた部分も結んで固定したのだった。
日常では服を着ないもふもふたちにもそれが何か分かった。
耐環境服。
もふもふたちがそれを必要としない環境下でも、彼女らの種族はそれを常用していたのだ。
「あの折り方。結び方も貴重なデータになります。大変興味深い」
教授などは感激している。この昆虫型の種族が身に着けているのは白衣。ある種の作業衣だから、やはり普段は服を着るという習慣がない。
「彼女は協力的だ。後は、データを蓄積していけばコミュニケーションを取れるだろう」
「ええ」
そうなれば、もふもふたちが欲している情報も得られるはずだった。金属生命体群が闊歩する危険な宇宙においては、よその地域の情報は貴重である。格納庫を1つ丸ごと使っているのも、それを欲しているがためだった。
金属塊への情報的・電子的侵入は一時中断している。持ち主と交渉の目途が立ったのだから相手の機嫌を損ねるのもどうか、という判断であった。
彼らが検討し、在り得ないと否定していた幾つかの事実がある。
遥が、恒星間種族ではないということ。知的生命体ではあるが、今だ自力で星の海に漕ぎ出す水準に至っていない種族の、最後の生き残りであるという事も。
そしてもうひとつ。
金属塊。遥が乗っていた兵器が、実際は種族を裏切り、仲間と同士討ちした金属生命体である、などという事も、もふもふたちの想像の埒外だった。
◇
「───疲れた」
部屋に戻された遥の、最初の一言がそれだった。
結局、食事はつつがなく終わった。終始言葉は通じなかったものの、相手にこちらが文明人であるということは伝わった。と思う。……伝わっていればよいのだが。
あと。布が手にはいった。
巨大な一枚布である。古代ギリシャの着衣を参考に体に巻き付け、ひとまず服とすることには成功した。本来ならブローチで肩は固定するのだがそこはアレンジである。
「……大昔のスペース・オペラみたくなってきたな」
遥の呟き。
髪をアップにし、ギリシャ風の服装をしていると本当にそう思えてくる。
部屋の中を見渡す。
閉じこめられていたときと同じ部屋。されど、出かける前にはなかったものが幾つかある。
壁面のモニター。隅に置かれた据え付けの掃除機のようなもの(おそらく無重量環境下用のトイレであろう)。絵本形式の辞書。壁に固定された寝袋。
そして、外が見える窓。
そこから見えるのは碧の金属塊。遥はあのもふもふ毛玉に、金属塊のところへ行きたいと要望したが、どうも意味が通じていなかったか。
とはいえ明らかに待遇は向上している。
「───鶫」
窓の外をしばし眺めた遥は、やがて寝袋に潜り込み、眠りに就いた。
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