第22話 マッド・ティー・パーティ
そこは、宇宙だった。
「―――!?」
思わず息を飲む遥。星々の光が瞬く漆黒の空間。宇宙背景放射と希薄な水素原子を除けば虚無に満たされた世界はしかし、見せかけなのが明白であった。何故ならば息ができるからである。
周囲を見回し、背後に強い光を見とがめた遥は振り返った。
とてつもなく巨大な、燃え盛る球体。縮尺が分からないが、恒星であろう。
「……太陽?」
それがただの太陽ではない。ということはすぐに分かった。
周囲を周回している球体。恐らく惑星を表すのであろうそれらの公転軌道に対して、恒星の直系はとてつもなく大きかったから。
終末期の太陽。赤色巨星に違いない。
そこまでを認めた段階で、恒星は急激に膨らみ始めた。いや。遥の視点が移動し、そして赤色巨星の中へと突入していったのである。
たちまちのうちにプラズマの奥へと運ばれた視界。そこに浮かんでいたのは。
「―――今度は、クジラ、だと?」
それは巨大な機械であった。周囲をぐるり、と回転し、そいつの全貌を見て取ったところで今度は、クジラが巨大化を始める。いや、本来のスケールで表示しようとしているのだろうか?
たちまちのうちに山脈か、と思うようなサイズにまで膨れ上がり、それは遥の視界を越えた。
眼前にそそり立つ、機械仕掛けの壁。
かと思えば、それは急激に接近。
「―――!?」
ぶつかる、と思った瞬間には、遥はそいつの中へと入り込んでいた。凄まじい速度で機械の合間を潜り抜け、通路を抜けて行った先。
そこは、広大な空間であった。
円筒形。一体どれほどのサイズがあるのだろうか。空中から見下ろせるその場所は、一言でいえば都市。
内側にへばりつくように生えている多数の建物は人間とは明らかに異なる美的感覚でデザインされた、されど明らかな居住空間。上へ上へと伸びているその構造から、遥はこの都市が、一方向に荷重がかかることを前提にデザインされていることを悟った。
そして、よく目を凝らしてみれば、それら建物の合間を行き交う住人たちの姿。
丸い、まるで毛玉のような姿のひとびとの生活がそこにはあった。
一通り観察したのを待っていたかのように、また視点移動が始まる。
凄まじい速度で通路を抜けて行った先。
驚くほど広大な空間。見覚えのある場所。
遥が最初に降り立った、格納庫だった。
周囲を見回す。
背後には、箱型の構造物。先ほどまで己が閉じ込められていたスペースとそっくり同じくらいのサイズである。
さらに見回せば、整然と並んでいる巨大な羊たち。ハンガーに固定された、碧の金属塊。
そして、床。そこに設けられた小さな丸テーブルと、それを覆う日よけのパラソル―――のようなもの。敷かれた座布団。
その隣に立っている。丸い毛玉のような生物が、一礼する。
遥は、今の体験が彼らの自己紹介であることを悟っていた。
毛玉が、手本を示すように歩き、座布団へと腰かける。
遥もそれに倣った。
お茶会が始まった。
◇
「―――ほぉ」
あたりを観察した遥は、感嘆のため息をついた。
そこは先ほどの格納庫の中である。どうやら、自分が閉じ込められていた部屋はここに後から設置されたもののようだ。傍らに目をやると、そこには金属のフレームらしきもので固定された巨大な物体。
―――鶫。
碧の金属塊。大切な後輩が、そこにはいた。
視線を戻す。
今腰かけている座布団。どうやらそれは床に吸着しているらしく、どころか遥の体をも固定していた。無重量では必須の工夫であろう。ここまで歩くのにも、床に敷かれた敷物。その吸着性は大変役立ったが。
そして、両脇に立っているのは白い毛に覆われた、見上げるように巨大ないきものたち。
ビルディングにも匹敵するそいつらは、先ほど遥を一飲みとした羊の同類に違いあるまい。彼らは驚くほど整然と、両脇に並んでいるように見えた。
「……儀仗兵」
遥にも、あれがどういう意図で配置されていたか想像はついた。賓客を遇する儀礼に違いあるまい。同時に、実力を誇示もしているわけだが。いまだに自分が置かれている状況は分からぬが、少なくとも相手はこちらに理解できる文化形態を持っているように見える。素晴らしい。相手は自分とまともに話をする気があるのだ。
テーブルを挟んで座った相手に、改めて目をやる。
「Oh……」
―――ハリウッドよ、独創性がないとか言ってもうしわけない。私が浅はかだった。独創性を欠いていたのは宇宙のほうだ。
思わず天を仰ぎそうになった遥。彼女の眼前にいた生物は、四肢を備え、二つの目を持ち、頭部があった。大ざっぱに言えば人型だと言ってもよかろう。
されど。
頭はほぼ胴体に埋まり、体は全体として球形で、四肢は細く貧弱である。全身がもふもふした茶色い体毛に覆われており。一言で言い表せばそれは、身長1メートル半の毛玉だった。
彼(彼女かもしれないが)は衣を身に着けてはおらぬ。必要ないのだろう。あのもふもふな毛皮があれば。
代わりに彼は、帽子をかぶっていた。形状としてはシルクハットに似ているがかなり小さい。どうやって固定しているのだろうか。そして、体にたすき掛けにしているものは、高度な技術で縫製されたもののように見えた。
他にも全身に様々な装飾品を身に着けている。
ふざけたことに、テーブルを覆うように設置されているのは日よけらしい。パラソルに似ている。
そこまで観察した遥は、ひとつの判断を下した。
これは、重力下。惑星上で発展したある種の儀式。お茶会だ。恐らく。
そして、この無重量空間。巨大な羊たち。明らかに人間とは異なる生命体。先ほど繰り広げられた映像。
間違いない。ここは宇宙。
―――私は、異星人の宇宙船、あるいは宇宙建築物にいるのだ!
頭が変になりそうだ。つい数時間前(主観でだが)まで、三宮で牛丼を食べていたというのに。
だが、ひとつ確かな事がある。
相手は、名乗った。少なくともこちらに理解できる形で自己紹介を行った。
だから遥は、名乗り返した。
「私は、地球人。角田遥。
今日は素敵な場にお招きいただき、ありがとうございます。楽しいひと時を過ごせると信じております」
さらには一礼。意図が伝わるかどうかは分からぬが。
眼前のもふもふは、奇妙な重低音を出すと目をしばたかせた。首が胴体に埋まっている彼らは、そうやって表情を作るのだろうか。
分からないことだらけ。
しかし、どうにもむず痒い。尻が敷物に吸着されているからだった。服が欲しかったが、この相手に要求したところで着衣の概念があるかどうか。
と。
眼前の彼。毛玉は、両手をぽふん、と打ち鳴らした。
たちまちのうちに視界の外。巨大羊たちの影からやって来たのは、何やら箱型の機械。マジックハンドを備え、上に何やら荷物を載せたそいつはテーブルに横付けすると、積み荷を手早く並べ、そして去って行った。
遥にもそれが何か、見当がついた。
宇宙食の類。テーブルに吸着した四角い皿の中に入っているのは、色とりどりのこれまた四角い食品。寒天のようなもので固められているのだろうか?そして、脇に置かれたボトルから伸びているのはストローに見えた。至れり尽くせりである。
対面に座った毛玉を見てみれば、彼は手本を示すかのように自分の前のそれを食べ始めた。
食べろ、という事だろう。
赤色巨星の中にコロニーを作るようなひとびとである。こちらの生命構造を読み取り、摂取できる食料を用意したに違いない。
遥は覚悟を決めると、備わっていたフォーク(スプーンにも見える)を取る。
食事が開始された。
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