第二章 女子高生ともふもふ毛玉

第18話 宇宙羊は電気鰻のかば焼きを食べるか?

熱処理は、恒星間種族共通の課題である。

どれほど科学技術が発展しようが熱力学第二法則を越えることはできぬ。エントロピーは増大し、乱雑さは膨れ上がる一方だった。

だから、その星系でも熱処理は生活の一部だった。たちがを連れて熱を捨てに行くのである。

今日も、熱を巨体にたっぷりと移されたたちが、主人に連れられ出かけて行った。


  ◇


異様な星系だった。

膨れ上がった恒星。その半径は、太陽系でいえば地球から太陽までの距離の数倍にも匹敵する。

赤色巨星。恒星の成れの果て。そのうちのひとつ。

されど、そんな場所でも住まう者たちはいる。

その日、住処からはるばる第八惑星―――第五惑星までは膨れ上がった恒星に呑み込まれているが―――まで出かけた子供たちは、軽宇宙機より周囲の風景を眺めていた。

そこは希薄な水素が荒れ狂う空中である。

代わり映えのしない嵐。超大型、かつ低温のガスジャイアントは、熱を捨てるのに最適な場所だ。莫大な熱量も、ゆっくりと宇宙へ放射してくれるだろう。迂闊な捨て方をすると、何十光年も先からであろうと金属生命体群に発見されてしまう。

のんびりと熱を廃棄しているたちに目をやる。

全長50メートルあまり。四足歩行の獣型に全身から白くもふもふのを伸ばした彼らは、機械生命体マシンヘッドである。高い作業能力を備えた優秀な人工生命だった。この強力で精緻な自律装置は、ほとんどの恒星間種族で同じようなものが建造されている。決まって主人と似た姿をしているのが不思議だった。

それが数十体。

いっそのことここに住めばいいのに、と子供のひとりは思う。もっとも、それはできない。赤色巨星と化した主星の表層に彼らの一族が居を定めているのは、いざという時。金属生命体群に襲われた時、そこならば奴らが亜光速で襲ってはこれないからだった。物質透過が電磁気学的メカニズムの無効化から成り立つ以上、高エネルギーの電離気体は透過できないのだ。そうなればこの地の環境に適応したたちが有利に立ち回れる。

それに、惑星表面では特異点砲一発で全滅してしまう。

やがて、周囲をのんびりと浮遊し、あるいは仲間同士でじゃれあっている機械生命体マシンヘッドたちの放熱が終了。帰還が可能となった段階で、子供たちはそのための指令を下そうとした。

その、刹那。

まず漏れ出たのは、微細な重力波グラヴィトン中性微子ニュートリノが続き、そして急激に負のエネルギーが増大。

「―――なんだ!?」

「わかんない!!」

絶叫が狭い船室に響き渡り、そして彼らの周囲を周回していたたちが無慣性状態へシフト。子供たちを守るべく、速やかに陣形を整える。

呆然とする皆の前方で、空間が。

裂けた。

時空の彼方より、あり得ざる者が堕ちてくる。

この世にあってはならぬ魔物が。

瞬間的に広がった穴が自然界の復原力に押し潰される前に、そいつは顕現を終えていた。

「―――お、終わった……?」

「見ろ、あれ!なんだ!?」

子供が指を指した先。

そこに浮遊していたのは、奇妙な物体。全体が溶融し、一か所奇妙にでっぱりのある、金属塊だった。恐ろしいまでの高温であるそいつの大きさは、何十メートルもある。

しかし、それがただの金属塊であるはずがない。何しろこいつは空間を歪めて出現したのである。

子供たちの一人。年長の者は、機械生命体マシンヘッドたちにその物体の調査を命じた。

何体もの機械生命体マシンヘッドが、物体へと近づいていく。

「……一体、何なんだよ、あれ」

「分からない。分からないけれど、きっとどこかからやってきたんだ。僕たちの知らない、遠い遠いどこかから」

子供たち。直径1メートルほどの手足を備えた毛玉たちの内にあったのは、大きな不安とかすかな期待。決まりきった、されど怯えながら隠れ住む生活の変化を予感しながら、彼らはの作業を見守った。

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