第16話 最後の春風
【兵庫県 三ノ宮駅跡】
瓦礫の中。
全ての成り行きを、遥は見上げていた。
巨大な交差点だった場所で、ビルディングのようにそそり立つ十数体の巨体。傷付いた碧の一体を別の巨人がつかみ上げ、さらに残る者たちが取り囲んでいるかのように見える。
それはまるで宗教的な儀式を思わせた。
やがて。
ゆっくりと解放される、碧の巨人。
彼女は、こちらを確かに見た。遥に視線を向けた彼女の半壊した頭部は痛々しい。
それと同時。まるで巨人と同期するかのように、立ち上がる小さな気配。
後輩───鶫だった。
彼女は口を開いた。
「先輩。私、全てを思い出しました」
「なに?何を言って───」
「自分が何者なのかも。今までどう生きてきたのかも。どれだけ殺してきたのかも。全部。ぜえんぶ、思い出しました」
遥はこの後輩に気圧された。彼女が発している異様な雰囲気に圧倒されていたのである。
まるで、人間のふりをしていた怪物が、その正体を現したかのような。
「だから先輩。私、決めました」
なにを、と、問うことが、遥にはできなかった。尋ねるまでもなく回答は与えられたが。
「私、みんな殺します」
碧の巨体が、揺らめいたように見えた。
◇
───ああ。私は今まで何をしていたのだろう。
傷付いた碧の巨体。その内で、鶫の精神は今までにない解放感を味わっていた。
素晴らしい。今まで使えなかった多くの機能が回復している。忘れていた記憶が蘇った。12000年に渡る生涯。そのすべてが鮮明に思い出せる。
素晴らしい。
傷はそのままだったが、こんなものすぐに癒せる。問題ではない。
そして何より有り難いこと。
それは恐怖からの解放。自分を今取り囲んでいる者たちが何なのか。未知は恐怖を生む。だがそれはもはや既知のものである。どうして恐れねばならないのか。
鶫の中に蘇ってきた、金属生命体としての思考。何よりも優先されるべきなのは、自らの種族のこと。
だから、鶫はその通りにした。
自分の種族を脅かす者たちを滅ぼす。そのために、武装を活性化させ、そして縦横無尽に振るったのである。
まるで舞うように、その攻撃は、己の種族の敵へと襲いかかった。
そう。
人類の敵へと。
刃が閃き、突撃型指揮個体の胴体が、まず両断された。さらに上半身が斜めに切断され、最後に腰を縦に破壊する。綿密に計算され尽くした三連撃だった。
もちろん、即死だ。
人であることを己に課した金属生命体は、決然たる誓いと共に踏み込んだ。
◇
仲間を失った金属生命体群。彼女らは、自分たちが救おうとした
12の巨体が無慣性状態へシフト。物質透過しきれない空気原子との摩擦で蒼い光を振りまきながら、彼女らは鶫へと攻撃を仕掛けたのである。
拳が。蹴りが。抜き手が。頭部よりレーザーを放ったものもいれば、右腕から荷電粒子砲の一撃を加えた者もいる。
拳は装甲で弾かれ、蹴りは波と化した構造を破壊し得る角度と面積を得られなかった。抜き手はいなされ、レーザーが銀の膜で阻止される。そして荷電粒子に至っては防御磁場で捻じ曲げられ、あろうことか仲間の胸部を貫いた。
反撃は強烈だった。
鶫の両腰からサブアームが展開し、2体が胴から握りつぶされた。振り上げられた後ろ蹴りで1体が犠牲となり、頭突きからの主砲発射で1体が、防御磁場を発動させる間もなく即死。強烈なブレードの一撃で、更に2体が真っ二つとなった。
亜光速近接戦闘能力は経験によって飛躍的に高まる。
だからこれは、当然の結末。
旧式である鶫。複雑怪奇な自己改良の末に規格外と化した彼女の戦闘経験は共有されていない。この1000年ほどで生まれた若造どもに抗せようはずもなかった。
残された5体が距離を取る。
―――愚かな。
強烈な攻撃を連続で繰り出した鶫。蓄積した熱量は無視できないほどに高まっていたが、敵を恐れる気は全くなかった。奴らはたった今、最後に残された勝機を投げ捨てたのだから。
詭弁ドライヴを活性化。空間がねじ曲がり、そして敵の1体との距離が縮まる。他の者は助けに入れない。光速の99.98%で戦闘が推移しているというのに、どうやれば間に合うというのか?
残された左腕の刃が三度、ひらめいた。
インパクトの瞬間、質量が極限まで増大した刃の腕。それは波と化した敵の構造に届き、強靭な転換装甲の薄い部分を正確に、切断。破壊する。
鶫は、残った4体の突撃型指揮個体に向き直る。
そいつらが皆殺しになるまで、あっという間だった。
◇
爽やかな春風が、夜闇にたちこめる粉塵を吹き払っていく。
遥が気付いた時にはもう、碧の巨人だけが残っていた。
右腕を失い、頭を半ば砕かれた痛々しい姿。それと、後輩の顔が同期する。
「せんぱい……私ね。化け物だったんです」
「……鶫……」
「私、無邪気に信じてました。私の仲間たち。私の故郷で待ってくれているのは、きっととても素晴らしい人々なんだって。
でも違った。
私、銀河皆殺し軍団の一員だったんですよ?比喩じゃないんです。この銀河系で、無数の種族を滅ぼしてきたんです。この手で。
私、この星で、色々な素晴らしいものに出会いました。宇宙を駆け巡っていた時には気付かなかった、様々な生き方があるんだっていうことを知りました。他者を滅ぼさなくても生きていけるんだって、この星で初めて知りました。
だから、私は地球が大好きです」
後輩の言葉。その意味のほとんどを、遥には理解できなかった。
ただ、彼女が慟哭している事だけは察せられた。
「もう時間がない。先輩。あなたは。あなただけは、私が守ります。たとえかつての同胞すべてを敵に回してでも、守り抜いて見せます。
だから。私を、信じて……」
「……鶫………」
少女の姿をした機械は、ゆっくりと、己の先輩を抱きしめた。
彼女はそのまま後方へと跳躍。遥と共に、己の本体。屹立する、碧の巨人の胸へと飛び込んだ。
鋼で出来たその胸郭は、まるで水面のようにふたりを受け容れる。
その直後。
衛星軌道上より撃ち下ろされた16発のマイクロブラックホールが周囲に着弾。そのエネルギーを解放する。
爽やかな春風が、吹き散らされていった。
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