第15話 屍山血河の頂で

【兵庫県 神戸市三ノ宮駅前】


───何?なんなの!?

奇襲を受けた鶫は、記憶にある限り初めて、敵に押さえつけられるという経験をした。

相手を睨みつける。

小ぶりな頭部にはバイザー。後頭部から生えているのは放熱板だろう。四肢は細長く、手足は鋭い。くびれを備えた胴体も含め、そいつの全身は強烈なまでに少女であることを主張していた。

されど、こいつが少女であるはずはない。タンカーにも匹敵する質量の、巨体であるのだから。

すさまじい強力ごうりき。力では対抗できぬ。

だから鶫は頭部主砲塔を活性化した。主砲身を保護していたバイザーを上へとスライドさせ、膨大なエネルギーを収束し、そして射出する。

励起された重金属元素は電磁場に誘導されて砲身内を加速。

外へと飛び出したとき、その速度は光速の99.999999…%に達した。

それは、まず大気とぶつかった。強烈な衝撃によって自らと原子核をぶつけ合わせ、そして破壊したのである。それを繰り返しながら突き進んだ荷電粒子の束は、敵手の頭部。直線的で線の細い、鶫に酷似したそれへと激突する。

───まさしくその瞬間、強烈な防御磁場がその軌道をねじ曲げた。

恐ろしいことが起こった。

荷電粒子ビームをそらし、そごう三宮店を蒸発させた防御磁場。そのエネルギーは、周囲へと無分別に襲いかかったのだ。JR三ノ宮駅に停車していた六両編成を宙に持ち上げ、線路を高架より引き剥がした。国道二号線を走る何十、何百という自動車がへしゃげ、宙を舞い、かと思えば駅ビルが。鉄筋が磁場で揺さぶられたのである。

もっとも悲惨なのは人間たちだった。強烈な磁場が脆弱な生体組織に与えた被害は、控えめに言ってもその耐久限界を何桁も越えていた。

だから、鶫が放ったビームによる犠牲者はいない。犠牲となるべき者たちが先に皆死していたから。

それらの事実は感覚器官を通じて、鶫の意識へと流れ込む。

―――ああ。ぁぁぁぁぁぁぁぁああああああ!?

そこにあったものは、ただ、死。

打ちのめされた鶫の精神。それでも彼女の体は動いた。野獣のごとき衝動のままに、己を押さえ込む敵へ抵抗の限りを尽くす。

強烈な膝蹴りが敵の腹部へとめり込んだ。莫大な運動エネルギーが相手を宙に浮かせ、そこへ刃のひと突き。

致命的なはずの攻撃は、驚くほどに手応えがなかった。

まるで波を切り裂いたかのよう。いや。実際に波なのだ。敵は自身をボース凝縮させているに違いない!

刃となった腕を振り回す。己の首を押さえている相手の腕。そこにの一撃が命中し、そして切断する。

入射角度を計算した今度の一撃は、確かな手ごたえを伝えていた。

力一杯に相手を押しやり、鶫は立ち上がる。

周囲は廃墟となっていた。高層ビルの視界と天体望遠鏡を上回る視力が伝えてくるのは、見慣れた町並みの崩壊。

地獄が、そこに現出していた。

被害の大きさに愕然とする鶫の前で、投げ飛ばした相手がなめらかに立ち上がる。

かと思えば、そいつは近くの廃墟へ腕の断面を突っ込むではないか。引き抜かれたとき、それは元通りに再生していた。

廃墟の原子を組み替え、どころか制御された核融合によって原子転換すらも成し遂げて、腕を作り直したのだ!

敵は、無慣性状態へシフト。亜光速に突入した。


  ◇


廃墟となりつつある三ノ宮の町並み。惨状の中でまだ、遥は生きていた。呆然と、二柱の超越者の戦いを見上げていたのである。

護ってくれる者がいてくれたからこそだった。鶫の分身であるサイバネティクス連結体が、その機能の限りを尽くして遥を守護していたのだ。

守ってくれる者のいなかった者たちは、そのことごとくが果てた。

「───なんだ。いったい、これは何なんだ!?」

分からない。遥には分からなかった。ほんの一時間前には、後輩の家でのんびりしていたのではないか。それがどうして。

彼女の肉体を抱きしめる後輩の息遣い。それだけが、この光景を現実だと主張していた。


  ◇


金属生命体といえども、神経系の伝達は相対論に縛られる。だから無慣性状態。すなわち質量を限りなくゼロに近づけ、光圧のエネルギーと量子論的な運動の併用で亜光速に達したとしても反応速度は増大しない。五体はそれぞれが敵に反応し、自我はそれを追認するだけだ。

それは武術を修めるのにも似る。

故に亜光速近接戦闘能力は、経験によって飛躍的に高まった。記憶を持たぬ金属生命体など赤子同然ともいえる。

だから、これから起きることはただの必然。

光速の99.98%で踏み込んだ突撃型指揮個体。

遅れて無慣性状態に入った鶫の右腕がまず、ねじ切られた。続いて頭部が半ば破壊され、そして両脚が払われて無様に転がる。

明らかな力量差。

突撃型指揮個体は、倒した相手を引きずり起こす。さらには、声を上げた。

声なき声。中性微子ニュートリノの声を。

───さぁ。彼女を癒そう。同胞を迎え入れよう。

その言葉に応えたのは、彼女の仲間たち。いずれも鶫に酷似した容姿を備える巨体が、熱光学迷彩を解いて。空間を捻じ曲げて虚空から。あるいは大地を透過し地中から出現する。

その数12体。

彼女らによって、鶫の回線が強制的にこじ開けられた。


  ◇


金属生命体は道具を持たぬ種族である。

彼女らは自らの体を改造していく、という形で科学技術を進歩させていった。故郷の惑星上を席巻するまでの金属生命体群は、電波通信を主としたネットワークによって群全体の頭脳を連結し、ひとつの巨大知性としてふるまっていた。その状況が変わったのは恒星間に進出してからのことである。通信速度に限界のあった宇宙では、個々の地域における判断が必要とされた。それを行うために出現した指揮官が指揮個体であり、亜光速戦闘能力を備えるものはその全てが指揮個体であった。

生身で宇宙を駆け巡り、恒星表面で活動できる強靭な外殻を備え、小天体を一撃で破壊し、極めて高い知性を備える。彼女ら突撃型指揮個体は、極限まで進化した歩兵と言えただろう。

とはいえ、彼女らは群知性だった時の事を完全に忘れてしまったわけではない。

エゴはデジタルであり、体は入れ物に過ぎぬ。個体の死は問題とはされない。経験は共有され、魂はアップロードされる。

鶫の中にも、膨大な魂の手が延ばされた。

分断され、関連づけることのできなくなっていた記憶。それらが復元されていく。どころか、最新の共有情報が流し込まれていくのだ。

それは、彼女の精神へと不可逆の変化を与える。

すべての作業が終わったとき。

一体の金属生命体が、ゆっくりと目を覚ました。

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