第7話 流星雨の下で

華が、咲いた。

ひとつではない。幾つも幾つも。いや。それはたちまちのうちに何千。何万という数となり、無に覆い尽くされた世界に咲き乱れた。

信じがたいほど美しい光景。遠景では小さなそれらは、ひとつひとつが数キロから数十キロメートルもの大きさを持つ巨大な観測帆センサーだ。

使用のたびに再構築されるこの装置は個体差が大きい。同型機が展開するものであっても構成には微細な―――極微スケールのがある。それ故に、完成したそれは異なる形状となって咲くのだ。個体を特定する手がかりともなった。

突如宇宙に現れた花畑。しかしそれは、美しいだけのものではない。破壊と殺戮。その先ぶれなのだ。

展開したのは、地獄の底から現れた悪鬼の軍勢。そう呼ばれている、鋼の悪魔ども。

恒星トラピスト1系内、第四惑星からおおよそ十光分の地点。慣性系同調航法によって出現した艦隊は、50km級の母艦十二隻を中心とする有力な部隊である。

彼らは仮装戦艦と呼ばれる砲撃型の金属生命体。そしてその護衛である突撃型・襲撃型指揮個体たちからなる部隊を前面に配しながらも沈黙を保った。現代の戦闘は光速の99.98%の速度で推移する。一旦動き出せば統制を取ることはできぬから、前準備に余念がないのであろう。

もちろんそれは、防衛側。第四惑星上に布陣する瞑目種族たちにとっても同様である。

時間はただ、静かに過ぎ去っていた。今はまだ。


  ◇


望遠鏡の分解能の限界は望遠鏡の口径に比例し、観測波長に反比例する。すなわち大きい望遠鏡は遠くを認識できるのだ。

されど大きい事はよいことばかりではない。巨大すぎる望遠鏡はそれ自体の重みで歪んでしまう。動かすのも困難となるしな。壊れた時など目も当てられない。

だが、宇宙では望遠鏡を使わざるを得ないはずだ。特に遠くを観察する場合は。レーダーは使い物にならない。


「レーダーだと、電波を送って、戻ってくるまで待たなきゃいけませんものね」


うむ。二倍の時間ロスだ。それでも惑星上程度ならいいが、光で何分、いや何年という単位の距離を視るときのロスは半端がない。そもそも電波は拡散してしまうから遠くまで十分な出力を届けられないしな。だから、宇宙で主役になりうるのは受動パッシブセンサーだろう。こちらからは何も発さず、対象自身が発する電磁波や熱、周囲の天体などの光源の反射で見るわけだ。

まあそれですら、遠くを見通すのは困難極まりないが。

確か、440天文単位離れれば太陽が重力望遠鏡として使えるんだったかな。そこまで大きな望遠鏡なら、かなり期待できそうではあるが。


「NASAがこの間発表してましたね」


うん。

まぁ440天文単位ですら我々には手の届かない領域だ。何しろ太陽から地球までの平均距離の440倍だからな。えーと、1天文単位で光でも8分かかるから―――


「光でも2日と10時間かかりますね」


だな。生きているうちにたどり着くことはできないだろう。だが、きっと遠い未来には誰かが実現してくれているさ。

おっと。そろそろ流星群が見えてくるころじゃないかな。


「あらいけない。見逃すところでした」


まったくだ。会話に夢中になって天体観測をおろそかにしてちゃ、天文部の名折れだからな。

さ。この望遠鏡にもひと働きしてもらわねば。


  ◇


それは、驚くほどに精緻で強力な機械だった。

形態は細長い円筒形。その基部に、中枢たる機関が備わっている。

何百トンという弾体が挿入され、内部に偏在していたが仕事を開始。弾体の構成原子一つ一つのトンネル効果を制御し、一点に向けてさせる。ほんの一瞬でシュバルツシルト半径内へと落ち込んだ弾体の原子は物理的限界を超え、超・超高密度の特異点マイクロブラックホールと化した。

それは真空から負のエネルギーを剥ぎ取る代償として、莫大な熱エネルギーを発する。俗に言うマイクロブラックホールの蒸発。それが進行するより先に、特異点の質量は無効化され、そして光速の99.99999%にまで電磁加速。射出された。

何十。何百。いや、何千という砲門で同じ行程が繰り返され、そして無数のは設定された距離で炸裂。第四惑星目がけて殺到してくる敵勢を閃光が包み込む。

恐るべきエネルギーだった。瞬間的に、超新星にも匹敵する破壊の奔流が荒れ狂ったのである。

まともに浴びれば無事で済む者など自然界には存在しない。それほどの破壊力。

だから、それを突っ切って出現した者たちは、地獄の底から這い出してきた悪魔どもに違いなかった。

金属生命体群の突撃型指揮個体。それは、特異点砲の洗礼に耐えうる装甲を備える怪物どもだったから。

特異点砲を潰すべく殺到してくる何千もの突撃型指揮個体。その先頭を飛翔しているのは、後頭部より複雑な放熱板を伸ばし、刃の四肢を備えた金属生命たち。

少女を思わせるシルエットのへとぶつかっていったのは、触手を備えた尖塔とでもいうべき機械生命体マシンヘッドたちだった。

光速の99.98%で、両陣営が激突した。


  ◇


「よろしくないですな」

「ああ」

第四惑星軌道上。箱舟。

その中枢で、司令官は船長と言葉を交わしていた。表示されている戦闘情報は知性機械による推測を多分に含む。何しろほぼ光速で戦闘が推移しているのだから。観測手段が光速である以上、それは実用的とは言い難かった。

その情報ですらはっきりとわかるほどに、戦況は彼らにとって不利である。敵は突撃型を前面に押し出しこちらの陣形を切り崩す構え。遠い過去、誘導兵器ミサイルの技術的子孫として生まれた突撃型は、端的に言えば敵に接近し、を仕掛ける狂気の兵器である。ほぼ光速で動けるからこそ可能な戦術だった。特異点砲のように広範囲へ被害を与える兵器か、あるいはでなければ攻撃が命中せぬのだ。だからこそ、奴らを潰すために同等の反応速度を備えた機械生命体マシンヘッドたちが必要とされる。

彼らの犠牲によって、箱舟は撤収することができるだろう。だが、それによって生じる被害はいかほどのものであろうか。

仕方がなかった。そのためにこそ、彼らはいるのだから。

それに、と司令官は思考を巡らせる。

自分たちはまだいい。少なくとも、この星系から逃げ出せる。

だが。逃げ出せぬ者達もいることを想い、陰鬱な気分となった。

ここからほんの39光年先にある星系。住人たちによって太陽系と呼びならわされている世界の存在に、金属生命体群は気づくだろう。

瞑目種族の艦隊が、太陽系から発されている有意信号をキャッチしたのはトラピスト1を訪れた当初からだった。ごく初期の電波通信。星の世界など知らぬ素朴な人類が発していた電波を、彼らは捉えたのだった。

瞑目種族たちは人類について調査の上、放置していた。恒星間航行能力を持たぬからである。互いに影響し合うとしても、何百年も経ってからの事だと考えていたのだ。その目論見は脆くも崩れ去ってしまったわけだが。そう。この星に第二の故郷を創り上げるという、彼ら瞑目種族の目論見が。

部下に気付かれぬよう、こっそりをついた司令官は、撤収準備の完了を待った。

トラピスト1より彼らの艦隊が撤収したのは、ここからさらに2時間の後。

襲撃者である金属生命体群は一部を残して追撃。

残存部隊によって、第四惑星へ多数のマイクロブラックホールが撃ち込まれ、その環境は完全に破壊された。

そして、そこからさらに82時間後。

トラピスト1よりほんの39光年という近距離から発されている有意信号が探知され、金属生命体群は調査部隊の派遣を決定した。


  ◇


いやしくも恒星間種族を名乗るものならば、それぞれが独自の生存戦略を持つ。

金属生命体群リオコルノ。銀河で最も強大な勢力を誇り、そして忌み嫌われている種族のそれは徹底した先制攻撃だった。将来的に敵となりうるありとあらゆる―――そう、だ―――知的存在の根絶によって種族防衛を成立させるのである。例外はない。

だから、彼らは極めて慎重かつ、徹底的に、全てを破壊した。他の恒星間種族だけではない。生命の萌芽が現れて間もない惑星。文明など起こりようもないであろう、小さな衛星の氷の下に現れた熱水生命ですら再起不能なまでに破壊し尽くし、滅ぼすのだった。将来的な脅威となることを恐れて。

「連中は臆病なのさ。ヒステリックなほどにね」とは遠い昔、彼らと戦ったある提督の言葉。

彼らに見つかって、生き延びている種族は今のところ、数えるほどしかない。強大な恒星間文明ですら旗色は悪い。存亡の危機に立っていたのだった。

だから、金属生命体群の一体。単独でも可住惑星を破壊し尽くせる怪物の横で、缶のメロンソーダを呑気に啜っている娘は、それだけで奇跡と言っていいに違いなかった。

流星雨を見上げる二人。

高原にレジャーシートを敷き、天を見上げている遥と鶫はまだ、運命を知らない。

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