第18話西村さん 8 友香の過去
ところで、友香はホテルWに転職するまでの二年間、一体どのように過ごしていたのでしょうか?
間を空けずにKホテルに在籍していたのでしょうか?
答えはnoです。
友香は二十六歳の十二月に解雇されています。
劣悪な職場環境が原因で、うつ病と不眠症を併発してしまったからです。
二十八歳の三月までの約一年半、毎日が地獄そのものだったと、友香は言いました。
人間不信で自ら外の世界から退き、会食恐怖症で母親の前ですら食事がままならず、日常生活に支障が出ました。
時間の経過により恐怖を薄らいでくるようになったころ、友香はリハビリのために市内の学習塾にて英検を受けました。
一次試験の合格がきっかけで、塾講師として経営者からスカウトを受けました。
驚きながらも友香は完全に消えていない人間恐怖症を理由に、経営者の誘いを何度も躊躇いました。
それでも現状を変えたい気持ちが後押しして、友香の塾講師としての日常が始まりました。
結局はKホテルの支配人と変わらない経営者の横暴さが理由で退職しましたが、三ヶ月の間に友香は子どもと大人、二種類の人間に対する免疫はある程度ついたのではないか、と言います。
ただ、友香が変わらず気にしていたのは己の体型です。
ふくよかなバストで必要以上に太って見える友香は、Kホテル時代に非難され続けました。
支配人は体格のみを理由に、フロントに向いていないことと、仲居に異動するように、と繰り返しました。
社員食堂にて食事を摂っていると「加東さんがご飯を食べている!」と事務所が大騒ぎになりました。
こちらも過去の話ですが、友香は過呼吸で倒れるまでの一週間、食事がまったく喉を通らなかったそうです。
嘔吐まで繰り返したとなれば、当然のことながら体重は減ります。
支配人はその状況を大変喜ばしく思ったそうです。
友香がお粥から通常食に戻ると、支配人はまたしても友香を攻撃し始めました。
「なしてご飯ば食べると? せっかく痩せたとに!」
ホテルWでは有り得ないことです。痩せることにより、むしろ体力低下と健康不良を疑い、必要以上に心配されます。
ですがKホテルと学習塾ではひたすら非難されました。
学習塾では経営者が新たに幼児向けの英会話教室開設を計画していたので、女性である友香を雇用しました。
幼児向けのレッスンは歌と踊りが中心になるので、今の体型では見栄えが悪いと、ダイエットを強要されました。
真面目な友香は当然ながら努力しました。
対人恐怖症が拭えないまま堪えてウォーキングしたり、食事制限までしました。
ですが結果は出ないままストレスが溜まり、経営者からは「辞めても良かぞ!」とまで言われてしまいました。
このまま踏ん張っても意味はないと、友香は退職を決意しました。
二度目のストレスから解放された友香は、このように語りました。
「今までは実力ではなく、体型一つで適性を否定されてきた。高卒の私が本当にホテルに向いていないのか、この身で確かめたい!」
そして友香は三社のホテルを応募しました。
けれど現実はそれほど甘くありません。
うつ病、不眠症を理由に、簡単に不採用の烙印を押されてしまいます。
それでも友香は諦めませんでした。
再就職活動開始から五ヶ月後、ようやくホテルWの求人を見付けました。
本命の職種はフロントでしたが、不採用になるよりは良いはずだと、食事サービス係希望として応募しました。
求人を見付けてから応募に至るまで二週間はかかりましたが、友香を後押ししたのはKホテル時代の先輩、太田でした。
彼の社会人としての経験上、食事サービスからフロントへの異動は有り得るそうです。
ただし、上司に己の希望を伝えたら、の話ですが。
こうして友香は履歴書に加え、職務経歴書に将来フロントへの異動を希望する旨を添えて面接に挑みました。
当日の面接官は支配人ではなく、経営者である女将でした。
友香が作成した職務経歴書に目を通すと、女将は満足そうに聞きました。
「あなたは健康ですか?」
その答えに、友香はnoと答えました。
あえて、うつ病と不眠症について打ち明けました。
正社員の求人なので、社会保険で通院のことが知られると思ったからです。
これまでの面接官は表情に陰が出ましたが、ホテルWの女将は「あら、そう」と流しました。
「大丈夫よ。うちの役職は支配人しかいないから。ほら、あれが支配人!」
女将は五十代前半の女性を呼びました。
「彼女の資料、読んでおいて。この人、良いから」
この時点で、友香は採用になりました。
四度目のホテル応募でした。
「加東さん、あなたにはお食事だけでなく、フロントにも携わってもらうからね」
十月下旬でした。
そして就業開始までの一週間、友香は入寮の準備に明け暮れました。
期待と不安、負けん気が友香の体を動かし、病気による対人恐怖症など、すっかり忘れていました。
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