第13話西村さん 3 正月のお食事会場
友香の入社三ヶ月目、ホテルWはお正月の繁忙期に追われていました。
この時期は夕食だけでなく、朝食も特別な変化をもたらします。
昨晩のお
お正月定番のゆったりとしたBGMが会場に流れる中、友香と西村を含めた五人、内三年のキャリアを積んだフロント男性一人、中年の食事サービス専属の男女、の朝食スタッフの心では忙しないテンポで秒を刻みます。
すべてのお客さまを食事会場にてお出迎え、お料理提供を終えると、中年の男女は裏方に回ります。
ホテルWでは、珍しくも食事サービススタッフが皿洗いまですることになっているのです。
ガチャガチャという音が響くよりも先に、友香は洗い場と会場の間にある鉄ドアを閉めます。
ですがこれでお客さまの非日常を妨げることはないと思った矢先、西村がその鉄ドアから出入りしました。
友香は早速、洗い場から離れた作業場に西村を呼び出しました。
「お客さまは非日常のために高いお金を払っていらっしゃるの。普通の家庭であんな
「あ、はい。そうですね」
友香が険しい声で訴えても、縦社会を知らない西村は怒られている自覚がありません。
「私たちは非日常をお客さまにご提供しているの。それなのに、皿洗いの音で日常に戻す? ……違うでしょう?」
友香が限界まで声を低くすると、西村はようやく「あ」と手のひらを口元に当てました。
「すみません!」
「もうしないね?」
「はい……あ、でもあの人たちはどうするんですか? 普通に鉄ドアを開けて通ってますけれど」
西村は中年の男女スタッフのことを指しています。
年の差さえなければ、友香は黙っていません。
けれど最も遅い時期に入社した友香には、縦社会での発言力が皆無です。
「……あの人たちには先輩が言うよ。比較的若い私たちが言えるものじゃないから。ホテル業っていうのはね、縦社会そのものなの。このホテルは私にとっては信じられないくらい人間関係が円満だけれど、少なからずそんなものよ」
友香は穏やかな目でお客さまの動きを把握する一人の男性を見ました。
このホテルで三年のキャリアを積んだ
同じフロント係でも、印象は太田とずいぶん違います。
顔つき、言葉遣い。
その中でも最も大きな違いは、従業員間の縦社会を感じさせないことです。
それが理由なのか、西村は友香とは違い、おおらかな振る舞いです。
「じゃあ、私たちは何も言わなくて良いんですねー」
「……そうね。だから早く会場に戻りましょう。お客さまがお呼びになるかもしれないわ」
「はーい!」
「返事は短く!」
「はいー!」
「……も、良いから」
西村は頭上にクエスチョンマークを浮かべていました。
友香はホテルWという、今までとはまったく違う環境の中で一人悶々としていたそうです。
次のエピソードで、友香はさらに神経を酷使することになります。
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