第12話西村さん 2 フロント

 友香の入社当時、食事サービス兼業も含め、フロント係は友香と合わせて五人いました。

 唯一のフロント専属はみなみという女性で、かつてKホテルでも勤めていました。

 彼女は友香の入社後間もなく良き相談相手になりました。

 友香よりも九歳年上であることも、姉のような存在になる理由の一つだったようです。

 友香が社員寮に住んでいることから、今でも自炊に不自由していないか、ストレスは溜まっていないか、など何かと気を遣ってくれるそうです。

 それはさておき、友香の入社から一週間経つと、ホテルWを束ねる若女将が友香、西村、南、男性スタッフ二人を集めました。

 どうやら、フロントの印象を決定させるチェックインの練習を始めるようです。

 五人中二人は他社のホテルにて経験済み、もう二人はホテル業が初めて、最後の一人はこのホテルにて三年のキャリアを重ねています。

 それぞれの腕の見せどころです。

 このとき友香は自分の立場を確立させたかったと言います。

 そのような友香ですから、当然ながら真っ先に挙手をします。

 自分が手本を見せてやる! と。

 「いらっしゃいませ。恐れ入ります、本日ご予約のお名前をお願いいたします」

 西村がお客さま役になり、練習の幕が上がりました。

 友香はこれまでKホテルにて、日本人相手にチェックインしたことは一度もありませんでした。

 けれど友香には聞く耳があります。他の先輩スタッフのやり取りを盗んでは、こっそり練習を重ねました。

 Kホテルでは都合の良いとき、つまり日本語の話せない海外のお客さまがいらっしゃったときのみ、チェックイン業務をさせられていたからです。

 もちろん、Kホテルでは練習の「れ」もありませんでした。

 「西村さまでございますね。ご予約ありがとうございます。こちらにお名前、ご住所、お電話番号のご記入をお願いいたします」

 西村が記帳する間に、友香は指令書、すべてのデータが詰まった一枚の紙に目を通します。

 キーボックスからルームキーと館内説明書を手早く取り出し、記帳のお礼を言います。

 「西村さま、本日はお車でお越しでしょうか? 恐れ入りますが、フロントにてお車の鍵と番号をお預かりさせていただいてもよろしいでしょうか?」

 上目遣いで、下からことを運ぶように促します。女性だからできることです。

 「ありがとうございます。本日はご夕食なし、ご朝食付きのプランでお伺いしております。翌朝はなな時よりご用意できますが、何時になさいますか?」

 西村がしち時と答えると、友香はなな時と復唱しました。

 「かしこまりました。ご朝食の会場はエレベーターで二階の広間にてご用意いたします」

 友香は館内説明書の裏面のマップを見せ、親指を折った四本の指で差します。

 「こちらが館内のご説明書でございます。お疲れのところ申し訳ございませんが、簡単にご説明させていただいてもよろしいでしょうか?」

 西村が承諾すると、友香は一礼します。

 「ありがとうございます。まず、今回の西村さまのお部屋は五階の五〇一号室でございます。次に大浴場はこの後十六時より二十二時まで、翌朝は六時より九時までご利用いただけます。大浴場の場所は三階通路の奥にございます。最後に、フロントの内線番号は百番でございます。ご用の際はご連絡くださいませ」

 友香は館内説明書とルームキーを手渡します。

 次の言葉が支配人より高い評価をいただいたそうです。

 「最終チェックアウトは午前十時でございます。お時間までごゆっくりお過ごしくださいませ」

 その後もチェックインの練習は続きました。

 南のチェックインはキャリアを重ねながらも親しみのある態度でした。

 笑顔も自然と出ていました。さすが高校卒業より約二十年間キャリアを積んだだけあります。

 友香にも好感が持てました。

 ただ、ホテル未経験の二人はチェックインもたどたどしく「えっと」や「その」という言葉が多かったそうです。

 また、三年のキャリアを積んだ男性社員は「の方に」という、いわゆるアルバイト用語が多かったようです。

 この経験をどのように活かすかは、友香次第です。

 また、今後西村にどのようない影響を及ぼすかも、本人次第です。

 この日の友香の収穫は演じられたということでした。

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