第7話東くん 7 友香の苦悩
この時期、友香は東の休日が地獄だったと言いました。
ロビーにてチェックインのお客さまをお待ちしているときです。
「加東、東くんはどうなっているんだ?」
何かと友香に責任を押し付ける営業部社員の出だしで、ことが始まります。
「人一人教育できないなんて、やっぱり加東さんはフロントに向いとらん! 仲居に異動すれば良かったとに!」
次に口を出すのは、Kホテル支配人の
土田は何かにつけて、友香を大声で虐げました。
しかも土田は身長百八十センチを越えているので、威圧感は相当なものです。
友香が中年の男性に恐縮するようになったのも、土田が原因だそうです。
フロント社員の前で叱咤しても、フロント主任である
「このホテルで一番偉いのは誰だ? 俺だろう! 支配人だろう!」
「俺は支配人だぞ! 俺の一言でフロントを辞めさせることも、仲居に異動させることだってできるんだぞ!」
東が席を外すたびに毎日、この言葉が繰り返されたと言います。
東はそれを知りません。
友香が知らせるはずもありません。
友香はフロントに異動する前から、猜疑心で人に相談することが難しくなっていました。
友香はかつて売店係として勤務していました。
そこで毎日、
友香が立っていた空間に消臭スプレーを撒かれることなど、日常茶飯事でした。
挨拶も成り立たず、仕事を一切教わることもなかったそうです。
それを知っているにも関わらず、土田はひたすら友香を責めました。
「松永さんは何も悪くない! 松永さんが可哀想!」
結局友香は我慢を重ね、ミーティングの途中で、過呼吸で倒れました。
その後も土田はひたすら友香を責めました。
そして、友香はフロントに異動したのです。
今度は友香が仲居への異動を拒んだことについて責めるようになりました。
友香には友香なりの理由があるとも知らずに。
Kホテル仲居の主任は、言葉が暴力的な男性です。
しかも、お客さまに一切頭を下げず、クレームが発生すれば真っ先に逃げます。
ホテルマンのプライドの欠片もありません。
夕食会場にて、ある韓国のお客さまが友香に声をかけたときのことです。
たくあんが珍しかったのでしょう。
「これは何?」と英語で訊かれ、友香は日本の大根だと英語で答えました。
それを見た仲居主任は、日本語の分からないお客さまの前で友香に怒鳴りました。
「何をくだらないことを喋っている。さっさと仕事をしろ!」
そんな男性の部下になりたくない。
どうせKホテルで働くのであれば、森本や太田からホテルマンたるものを学びたいと思い、フロントへの異動を決意したそうです。
ですが、後に友香はこの選択、Kホテルでの勤務そのものを後悔します。
話は戻りますが、フロント主任の藤川は過去の過呼吸について、こう言いました。
「松永さんの態度にも問題はあるけれど、あんたが過呼吸になったのはそのネガティブ思考が原因だ!」
藤川は森本と太田がいないときを狙って、友香に攻撃しました。
なぜなら二人は藤川と折り合いが悪く、また友香の数少ない味方であったからです。
藤川の攻撃がとくに酷かったのは、森本の休日、太田の遅番出勤前だったそうです。
「あんたが痩せるまで、フロント研修生の名札を外させないからね!」
「本当は痩せるまでフロントカウンターに入れたくないのだけれど! 朝のチェックアウトでは人手が足りないから、仕方がなく! 仕方がなくカウンターに入れてやっているんだからね!」
友香は世間で言うぽっちゃり体型で、極端に太っているわけではありませんでした。
むしろ高齢のお客さまから好評だったほどです。
ほぼ毎日、お客さまより「加東さんによろしくね!」というお言葉をいただいたのがいけなかったのでしょう。
そのように友香は語ります。
今思えば、主任の藤川も自分の立ち位置を守るために必死だったのではないか、と。
だからと言って、友香に吐いた暴言は決して許されるものではありません。
人間関係の悪さは、雰囲気としてホテルの全面に出てしまいます。
感じが悪ければ、お客さまは日常を忘れるどころか、わざわざ高いお金を払って不愉快な思いをするだけです。
それではホテルのためにも、自分たちのためにもなりません。
それを理解している友香はずいぶん苦しんだと言います。
そういう意味では、東くんが他の先輩スタッフと馴染めなかったのが良かったのかもしれません。
他人の悪い影響を受けずに、社会人として成長していれば良いな、と友香は願っています。
そういう友香は、先輩スタッフの輪に馴染もうと、必死に笑顔で装っていました。
内心では涙が溢れていたそうです。
「なんかさー、上の人が、加東の教育をちゃんせろ! だってー」
藤川が言っても、友香は笑顔を崩しませんでした。
ただ、支配人の土田の前ではおどおどしたそうです。
「藤川さんはどうして加東さんに仕事を教えないんだ! だからいつまで経っても研修生の名札を外せないんじゃないか!」
次第に手足がガタガタと震えるようになりました。
すでにお気付きだと思いますが、友香は自分一人のことで精一杯でした。
その上徐々に心を病み始めていました。
それなのに、互いに心を開いていないにも関わらず東の将来も案じていたのです。
友香の本来の優しさなのか、社会人としての先輩の意地なのかは友香本人にも分かりません。
友香の苦悩は、明日も続きます。
そう思うと、身だしなみが億劫になりました。
それでも、友香は闘わねば! と奮起したそうです。
味方は誰一人いないのだから、と。
実際は森本と太田の二人が味方でいるに関わらず。
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