第5話東くん 5 夏休みの家族連れ

 七月下旬、世間は夏休みを迎えました。

 友香たちにとっては稼ぎどきです。

 「いらっしゃいませ、お疲れさまでございました」

 「お待たせいたしました、いらっしゃいませ」

 チェックインを控えたお客さまが次から次へとやって来ます。

 しかもシングルでの利用ではなく、家族連れの団体がほとんどなので、十五時のチェックイン開始と同時にあっという間にロビーが人で埋め尽くされます。

 「お名前、何ていうのかな? お姉さんに教えてくれるかな?」

 子どもを相手に、友香は態度を変え腰を屈めます。東は列の最後尾にて大きな荷物を抱えます。

 もちろん、相変わらずぎこちない表情で。

 部屋案内が終わると、恒例になっている友香の説教が始まります。

 「子どもはとくに人の感情に敏感なの。しかも男性が仏頂面でいたら、子どもが怖がってしまうでしょ?」

 「はい……」

 「次は本当に怒るわよ」

 友香はため息をついたと言います。

 そのか細い音も、東の声で掻き消されます。

 「あの……」

 「何?」

 スタッフ用通路を出ようとしたとき、東は友香を引き留めました。

 「自分、接客に向いていないと思います」

 東がどのような思いで切り出したのかは、友香には分かりません。

 けれど、次の言葉で東は無事に研修を最後までやりきったそうです。

 「それは自分が決めることよ。でも、公務員でもどのような仕事でも、人と接することには変わりないわ。あなたが本当に公務員を目指しているのであれば、ここで学ぶべきことをすべて吸収しなさい」

 次のご案内状では、東の目元が柔らかくなったそうです。


 そう、学ぶべきことはすべて自分のものにするの。

 何があっても。


 友香はなぜ、自分に言い聞かせる言葉を東に投げかけたのでしょうか。

 なぜ、ここまで東に手を差し伸べるのでしょうか。

 友香は答えました。

 かつての自分と似ているから、と。


 ホテルマンのスイッチが入った友香を見ると、そのようには到底見えませんが。


 この日、何人もの子どもたちが、親たちが加東友香という名前を覚えて一日を満喫しました。

 翌朝のチェックアウトの際、多くのお客さまがこう言ったそうです。

 「加東さんによろしくね!」

 当然ながら、これが最終的に友香の悩みに繋がることを、お客さまは知りません。

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