第4話東くん 4 スタッフとの接し方

 東がKホテルに来て一週間、友香に新たな悩みが増えました。

 東と他の先輩スタッフが互いに関わろうとしないことです。

 東は常に友香の後だけを追い、先輩スタッフは友香にも東にも手を差し伸べません。

 翌日に休日を控えた友香は、東にこう言います。

 「東くん、私、明日休みでいないからね。先輩の言うことをよく聞いて。私がいなくても、先輩にはちゃんと『おはようございます』『お疲れさまです』『お先に失礼します』って言うのよ。できるよね?」

 「はい」

 このとき東は返事が早くなり、頷きまでするようになったと言います。

 けれどそれは、相手が友香の場合のみです。

 重ねて書きますが、東も友香の先輩スタッフも、挨拶どころか互いに関わろうとしません。

 翌日の休日、友香は東のことが心配でゆっくり過ごすことができなかったそうです。

 東が集団の中で孤立していないか、お客さまを不愉快にさせていないか。

 そんなことばかり考えて一日を過ごしたそうです。

 休日明けの出勤日、今度は東の休日でした。

 前日の東の様子を訊こうとしたときのことです。

 「おはようござ」

 「加東ー! あの子、どがん接したらよかとー? もう、加東以外みんなお手上げばーい!」

 友香と最も年が近い先輩が、言葉通り泣きついてきたそうです。

 彼女が言うには、東は挨拶どころか、人と目を合わせようとしないとのこと。

 当然東には笑顔がなく、終始ぎこちない雰囲気が漂っていたようです。

 友香の不安は的中していました。

 「あれだけ言ったのにぃ……」

 友香は呟きました。

 目に手を当てて。

 明日、東にどのように説いたら良いのだろうか。

 友香の脳裏はぐるぐると渦を巻いていました。


 ホテルというものは、一つの部署、一人の人間だけでは仕事が成り立ちません。

 まず営業部がお客さまにホテルをご紹介、予約係が予約を確定、部屋割りの調整をします。

 次に清掃部がお部屋を掃除、用度と設営係がホテル全体のメンテナンスと食事会場の不備を調整します。

 お風呂場係が大浴場、露天風呂の掃除をし、お客さまが気持ち良く入浴できるように準備をします。

 調理場が夕食の仕込みをし、仲居さんが食事会場をセットします。

 売店係は商品を仕入れ、いつでも販売できるように準備します。

 そしてどの部署よりも先にフロントがお客さまをお出迎えします。

 お客さまが部屋でくつろいだ後も、仕事は続きます。

 夕食会場にて仲居さんがお客さまに料理、飲料を提供し、笑顔でおもてなしをします。

 その間に、寝具係が和室の部屋にて布団を敷きます。

 夕食が終わったら、皿洗い係が次のお客さまのために食器を綺麗にします。

 その間にフロントが飲料代をパソコンに入力します。

 これが、ホテル全体の売上に繋がる重要な仕事です。

 翌朝、柔らかい日差しを浴びながら入浴されたお客さまは朝食会場に向かいます。

 そこでも仲居さんが明るい笑顔で、会場にてお出迎えをします。

 朝食がバイキングの場合は、地元の食材を使ったおかずを勧めることもあります。

 和定食場合はおかずが選べない代わりに、地元の食材、名産をふんだんに使いますのでご説明します。

 お客さまがお腹いっぱいになったところでチェックアウト。

 「またのお越しをお待ちしております」

 張りのある明るい声でそう言って、お客さまの背中、または車が見えなくなるまでお見送りします。

 チェックアウトがすべて済んだら、最後に経理部が売上を管理します。

 これで、ホテルの一日が終わります。

 ということは、一人一人のスタッフが、仲間を大事にしなければなりません。

 会話が成り立たないなど、もってのほかです。


 フロントだからと誇示することも、仲居だからと卑屈になる必要もありません。

 本来のホテルというのは、そういうものです。

 ですが、友香の勤めるKホテルは基本中の基本ができていません。

 誰が悪い、誰のせいでありません。

 一人一人が気を付けない結果がこのような状態を招いています。

 ですから、東一人に原因があるわけではありません。

 友香はそれを知っています。

 だからこそ、友香は悩むのです。

 自分を変えることはいつでもできます。

 ですが、他人を変えることは至難の業です。

 友香は東に対して変化を要求することになるのですから。

 友香より年上の先輩たちは自分を確固たるものにしています。

 だから、後輩の友香や若い東が相手に合わせるしかないのです。

 このホテルでは、場合によってはお客さまよりもスタッフを優先しなければならないときがあります。

 そのような事態は避けるべきです。

 そのために、日頃から先輩スタッフに可愛がられるよう仕向けるほかありません。

 友香は常に先輩に逆らわず「はい」と答えています。

 分からないときは正直に「分かりません」と言います。

 これだけで、上司の森本や先輩の太田に気に入られるようになりました。

 ただ、友香も一人の人間。すべてのスタッフと相性が良いわけではありません。

 けれど仕事だからと割り切っています。

 それを東にどのように教えようか、友香は必死に考えたようです。


 そして後日、友香は結局このように言ったそうです。

 「あのね、東くん。挨拶と、笑顔があればどうにでもなるの。それが、人間関係の基本よ。あなたはまずそれをマスターするべきだわ」

 これは、自分自身に言い聞かせたことでもあるそうです。

 なぜ、友香はそうしたのでしょう。

 別のエピソードでご紹介しましょう。

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