第13話 紅茶の力

 あの話は無理に結論を出さない事となった。どうせ家に戻れば否応なしにシェールと会うことになる。そういう話をしないわけにはいかない。

 細かい事を気にしない祥子はリーシアを家に泊める事は即了承を出し、六時から始まる食事を一緒にしていた。

 シェールは夕食をすぐにかき込み、夜の訓練として庭で剣の素振りを始めるのがいつもの事だった。


「お片付けは任せてください」


 リーシアが食事の片づけを自ら引き受け、祥子はそれに嬉しそうにして言う。


「シェールちゃんがいないところではいい子よね」


「合わせる顔もありませんので」


 祥子に事情は話してないはずなのに、祥子はすべてを分かっているようにして言ってくる。


「だけど、リーシアちゃんの都合で家の中でギクシャクされるのはやめてほしいわ」


「中直りなんて自分一人でできるものでもありませんから」


「片方が歩み寄っていけばできるもの。案外なんとかなるものよ」


「それはマンガや小説の友人たちだけです」


 実際の友人関係がそんなに簡単に済むものではない。お互いに仲直りを望んでいない場合もあるのだし、リーシア自身、仲直りはしなくてもいいと思っている。


「でも、できるようにすることはできるんじゃない?」


 祥子は、昔の友人に戻ろうとしなければいいというのだ。


「昔の関係に戻ろうなんて、ぜいたくな事は考えないで、新しく会った人って考えればいいと思うの」


 祥子はそう言うと『うふふ』と笑った。


「いい年して、うふふ、なんて笑うのはやめてくれないか?」


「あら、これはごめんね、。恥ずかしい恥ずかしい」


 本気で恥ずかしいと考えているような様子でもない。そう言いながら、祥子は食器を片付けた。


「お茶でも淹れたら? 話をしたいなら、お茶くらい出すのが礼儀というものよ」


「確かにそうです」


 リーシアはお茶を淹れるのは大得意である。その事を祥子は知っているようにして話した。


「ティーセットの場所を教えておくわね」


 そう言いリーシアのためにお茶を淹れる準備をしてくれた。


 庭ではシェールが一心に剣を振っていた。

 シェールは何かを絶ち切るためといった鋭い表情であった。

 リーシアの事がその原因であることは言うまでもない。

 シェールとしては許せない人間だろう。いままで、リーシアのやった事を考えるシェールが最も嫌う事を軒並みやっただけという印象しかない。


「ご休憩はいかがですか?」


 家の窓を開けてリーシアが言い出す。

 シェールは無言で素振りを止め、リーシアの前に移動した。


「砂糖はいかが?」


「なしでいい」


 短く答えるシェール。リーシアは紅茶を出した。


「何か言いたいことがあるんじゃないの?」


「それはあなたもでしょう?」


 お互いに言い合う。

 二人の間に気まずい雰囲気が流れた。

 感情を見せずにニコニコしているリーシアと、リーシアを見下げているシェール。

 二人が微妙な状態の空気になったとき、切り裂くようにして話を切り出してくるのは、いつもシェールであった。


「私はあんたを許す気はない」


 人を殺したこと。当一を人質にして、シェールに挑んだこと。そして、自分の師を殺したヴィッツに、真正面から立ち向かわなかった事。

 これらは、シェールには理解不能だし、絶対に許せない行動である。


「何で私の前に顔を出せるのか? 私にそんな態度を取れる理由は何なのか? 二つとも不思議すぎるわ」


「開き直っている、知らん顔をしている、。からかって遊んでいる。好きなように解釈をするといいわ」


 リーシアの返答にシェールは見下げ果てたという感じでリーシアをにらみつけた。


「私をどう思おうと結構よ。だけど、私はこれからあなたに協力して、あなたを助けていく」


 リーシアが言うとシェールはまた素振りを始める。


「あんたの事は期待していないけど、キリキリ働きなさい」


 シェールの言葉の後リーシアはニコニコ笑顔で紅茶を出した。


「冷めないうちに飲んでね」


 リーシアはドアを閉めて家の中に入っていった。

 リーシアの影がいなくなったのを確認した後、素振りを止めたシェールはティーカップを手に取った。


「相変わらずこれだけは上手いわね」


 まだ熱い紅茶を飲んだシェールは、体の力を抜いて縁側に座った。


「いいのか? あんなんで」

 当一はその様子をうかがっていた。だが紅茶を渡すだけという行為に、なんのために祥子がティーセットの準備をしたのかと、文句を言いたくもなる。

 もっと話すべきことがあったのではないかと思う。

「いいかどうかは分からないわ」

 リーシアは言う。これは望んだ結果だったのか? それとも妥協点としてこれくたらいで満足しているのか? それすらわからない。

「昔は、もっと仲が良かったんだろう?」

「いいのよ。『キリキリ働きなさい』と、シェールも言ったでしょう?」

「そんなんでなくてだな」

 その言葉は、自分と一緒にいるという事を許した言葉だ。だが、その言葉一つが満足のいく結果のはずがない。だが、リーシアは当一の口に手を当てて当一の言葉を遮った。

「今の私にはこれで十分よ」

 最後にそう言い、リーシアは洗い物をするために流し台に向かった。

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今時、王の座を狙って戦う美少女達の戦いって…… 岩戸 勇太 @iwatoyuuta

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