第10話 笑顔になる事
「当一の護衛は私がしておくわ。眠れないんでしょう?」
シェールはリーシアの言葉には答えなかった。
もともと、リーシアが味方になったからには当一の護衛は必要ない。
部屋を出ていくシェ-ルに、リーシアは最期まで手を振っていた。
「なんであんなことを?」
「迷惑だったか?」
リーシアは当一の返答を聞いて考えた。
「期待半分、迷惑半分でしょうか? 今はまだ心の準備が」
「世界はお前の事を待ってくれないだろう?」
「厳しいお人ですね。確かに私の方が合わせるべきですよ。その通りです」
やや、ふてくされた感じで言うリーシア。
「今は何かをしていたいです」
リーシアは言う。
「それじゃ街の案内を兼ねて散歩にでも行こう」
当一は今はリーシアを外に連れ出した方がいいと思った。リーシアの手を握ると、外へと引っ張った。
「ちょっとお待ちなさい」
その瞬間、計ったようにして、当一の母の祥子が部屋に入ってきた。
「そんな怪しいかっこで出歩くのは禁止します」
手にはいくつかの着替えをもってきていた。
「当一は出ていきなさい」
リーシアの着替えを始めるつもりなのは明白だ。当一は自分の部屋から出て、ドアに背を預けて着替えが終わるのを待った。
リーシアはまず髪を梳かされた。
「こんな事は自分でやります」
「いいのよ。人にやってもらうと気持ちいいでしょう?」
ベッドに座らされ、髪を梳かされるリーシア。
「人にやってもらうのは久しぶり?」
リーシアはコクリと頷いた。髪を優しく梳かし頭に触れる手の感触は、なんともくすぐったいもの。これはずっと感じていなかった感覚だ。
「はい。三年ぶりくらいです」
三年前のあの事件以来リーシアは人との交流を極端に避けていた。訓練や勉強の家庭教師くらいとしか触れ合わず。
腫物を触るような扱いをされるのが嫌で、使用人が近づくこともないように、髪を梳かすのは自分でやった。
食事を両親が食べ終わった後にこっそりキッチンに行って作った。
豪華な食べ物が出されると気持ち悪くなる。自分がこんな幸せに浸ってもいいものかと思うと食事が喉を通らなかった。
芋をふかしたものとか、あえて魚の頭だけを食べている方が気持ちが落ち着いたのだ。
その様子は使用人たちからは何かに憑りつかれているように見えたらしい。
それにより使用人たちが近づかなくなってくるのは逆にありがたかった。
孤独になり時間が余ると、リーシアは魔法の勉強と拳闘の訓練をした。
何かをしているほうが気がまぎれるし、誰かと組んで戦いに出る事なんて考えていなかった。
自分一人でできるところまでやる。いずれ仲間たちで力を合わせて戦う相手と出会って勝てなくて負けるのもアリである。
とにかく他人を信用できなかったし、信用をしてほしくなかった。
「ねぇ。大体分かるわ。あなたは人に頼らないといけなかったの」
「とても醜くて人に頼れない事態になってもですか?」
「誰かが止めてくれたでしょう? もしくは正しい道を示してくれたりしたかもしれない」
シェールに頼んでいたらまたほかの方法を見つけてくれただろう。
そうとでも言いたいような言葉だ。リーシアは顔を伏せた。
「そんな事できませんよ」
「顔をあげて」
髪を梳かすために、祥子はうつむいたリーシアの頭をあげさせた。
「ねえ。あなたの事は分からないけど、あなたのようにふさぎ込んだとき、だれでもできる、とっておきのおまじないを私は知っているのよ」
祥子の言う事に興味が出た。ふさぎこんだ自分は、何をすれば今の状況から脱せれるのだろうかと、疑問に思う。
「笑って。理由なんてなんでもいいの。辛くてもとにかく笑ってくれればいいの」
「笑えません」
「いいえ、笑えなくても笑うの。それは誰でもできる、本当に簡単なおまじない」
髪を梳かすのを終えた祥子は、リーシアの髪を結い始めた。
「誰も、怖くてつらい事を全部解決する方法なんてないの。どんな人にもできるおまじないよ」
「現実逃避です」
「そうよ。逃げればいい。今までの事なんて知らない顔をして笑っていれば、きっとその先未来が見えてくる」
リーシアの長い髪を結う。今まで見たこともないような髪型にされたリーシアは、少し自分の姿が見違えるようにきれいになったように思えた。
そして、頬が緩み少し微笑んだ。
「そうよ。可愛いわよ。リーシアちゃん」
「可愛い! そんな事言われてもうれしくも!」
驚いて祥子を見上げたリーシア。
「その笑顔で当一の事を悩殺しちゃいなさい。私が許すから」
シーリアの服装は魔法のローブのままそれにマフラーを巻いて髪に花の飾りを取り付けた。
「相手がうちの当一なんかで悪いけど」
そう言い祥子は肩を掴んでリーシアを立ち上がらせた。
背中をポンと叩いて部屋から当一のいる廊下に向かうように促す。
「男の子とのデートを楽しんできなさい」
祥子はそう言い切り背中を押してドアに前に立たせた。
リーシアはふとドアに手を伸ばした。
「デートなんて、私のしょうに合わないのですが」
ドアノブに手を伸ばすのをためらうリーシア。デートと言われると急に当一に会う事を意識してしまった。
ドアノブを回してドアを開けると当一がいるのだ。そう考えた瞬間に当一がドアを開けてきた。
「似合っているじゃないか。それじゃ、デートでなくて散歩にいくぞ」
「そうよね。散歩よね」
当一が先を歩くのに、ついていくリーシア。
「うふふ。二人とも照れちゃってかわいい」
「余計な事言わないでくれるか?」
祥子のつぶやきに当一が返す。ニコニコとして腹の見えない祥子は笑顔で二人を送り出していった。
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