第9話  未来を作る手助け

 両側に木が生い茂る登山道を通る。数十分くらいで頂上にたどり着く小山の上は開けた広場になっていた。

 リーシアの話によるとここに貴族の別荘が建つ予定だったのだという。

 気まぐれで別荘を建てるのは中止となり広場として残った。

 子供が遊びに来るには壁の外は危険すぎる。結局ここに寄り付く人間はいなく、草や木の伸びた荒れ放題の場所となっている。

 時間通りにそこにやってきたシェールは魔法の玉の中に入れられた当一と自分を待ち構えるリーシアを見た。


「時間ピッタリね。そういうところが憎たらしいのよ」


「意味が分からないわ」


 リーシアが言うのに、シェールの答えだ。


「あなたには到底理解できないような、しょうもない事で恨みを買っているの。あなたはそれに気づいたら?」


「しょうもないって自分で言うの?」


「そういう所なんだけどね」


 リーシアの言いたいことは理解できる当一。シェールがその事を分からず、分かろうともしないところに、当一はもどかしくあった。


「では、あなたの華麗な剣技を拝見させてもらいましょう」


 リーシアは召還魔法で狼を呼び出した。その狼はシェールに向けて襲い掛かっていく。


「だああああ!」


 シェールはその掛け声とともに、リーシアの召喚した十体目の狼を薙ぎ払った。

 魔法で召喚された狼は砂の城が崩れるようにしてサラサラの魔力の砂になり、空気に溶けて消えていく。


「次は、どうしろっての?」


 肩で息をするシェール。何度も狼に噛みつかれ疲労困憊のところだが、リーシアに屈する様子は見せない。


「弱音の一つも吐かないの?」


 苛立ってきたリーシアだがシェールの返答はさらに苛立たせるものだった。


「私は悪には屈しないの」


「そうよ。私は悪よ」


 そんな事は百も承知。今に言われることではない。

 疲労困憊しており、召喚するのはつらくなっていたリーシアだが、意地になって最後の狼を召還した。

 リーシアが召喚したのは狼だったが、後ろ半分がない姿だった。

 前足をバタバタさせてもがいていた狼だが、後ろの方からサラサラの魔力に返還されて消えていく。

 魔力が完全に枯渇したリーシアは膝を折った。


「まだ続ける?」


 シェールの言葉を聞くと、リーシアは立ち上がった。


「もちろんよ。私が勝つまで」


「もう狼を召還できないようだけど?」


 リーシアの言葉にシェールは余裕の返事を返した。

 そうではないのだ。リーシアにとってシェールに勝つというのはそういう事ではない。


「もう勝てないぞ。分かっているだろう?」


 当一が声をかけるとリーシアは当一の事を鋭い眼光で見上げた。

 シェールが足掻けば足搔くほどリーシアの事を傷つける。シェールはその事を分かってはいない。

 シェールから見れば卑怯な方法を使って襲っているだけにしか見えないのも確かだ。


「なんで真正面から向かってこないの? そうすれば勝てたのかもしれないのに?」


「やめろ! シェール!」


 当一がシェールに向けて言う。


「何よ? こいつの肩を持つ気?」


 普通の状況ならその言葉にも説得力があったが、リーシアの真意を知れば残酷な言葉であるとわかる。

 リーシアは最後の力を使って鷲を召喚した。

 鷲は大きく羽ばた、リーシアを掴んで逃げ出そうとする。


「簡単な魔法くらいなら、私も使えるのよ!」


 シェールはそう言って土嚢を作った。

 アースウォールというその魔法は一瞬で土でできたかまくらのような小さな土山を作る。

 その土山を踏み台にしたシェールは、飛び上がって鷲を剣でたたき落とした。

 地面に転がったリーシア。疲労で動きが一瞬遅れた。

 体を起こしたところチャキッと音がして喉元にシェールの剣が突きつけられた。


「降参しなさい」


 誰の目にも見えてわかる、リーシアの敗北だった。


「これで勝ちね」


 小山の茂みにリーシアのジェズルが隠れていた。

 リーシアが隠していたジェズルから幻想王の指輪を取り外すとシェールは握りつぶした。

 幻想王の指輪が壊されるとリーシアのジェズルであった男性は元の世界へと帰っていく。


「さてと。こいつをどうしてやろうかしら?」


「そうね。どうする気なの?」


 リーシアの言葉に、シェールが苛立ったようだ。


「なんかすごく投げやりな言葉だけど」


 シェールは当一の事を見た後、舌打ちをした。


「俺がなんか文句を言い出すって思っているのか?」


「そうよ。こいつが何やったかなんて、三歩歩けば忘れるでしょう?」


「忘れているのはお前だ。いや、気づいていないと言う方が正しいか?」


 シェールは当一から目を外した。


「あんたが決めなさい。ただし仲間に引き入れるという案だけは却下よ」


「リーシアを仲間に引き入れよう」


「何を聞いてたのよ?」


 リーシアは当一が言うのを聞いて顔を伏せた。


「お前は誰かに頼る事を覚えるんだ」


「いらない手助けをしないでくれない?」


「望んでいない助けという方が正確だろう? いらないなんて事は絶対にないさ」


 当一の言葉に、リーシアはさらに目を伏せた。だが当一はリーシアの額を掴んで顔を上げさせる。


「過去をなかった事にするのは俺にだってできない。でも未来を作る手助けならできる」


 シェールもリーシアも、その言葉をなんとなく理解した。シェールは魔法陣を作って元の世界へ戻る。

 リーシアも、魔法陣に飲み込まれていった。

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