第8話 壊してやりたい

「あの事はもみ消した。お前もあの事は忘れるんだ」


「誰も知らないんですか?」


「誰もではない」


 一部のアンテナの高いところは知っているという事だ。シェールもその一人だろう。


「忘れろ。それだけだ」


 あの事をなかった事にするなんてできない。だが、なかった事としてふるまえと言う事だ。

 シェールにはいずれ会う事になる。

 本来なら顔を合わせる事もできない状態だが、私は狙ってシェールを避けるような事はしなかった。

 何を言われても構わない。それだけしか考えていない。

 単純に開き直っているのだ。

 その時はすぐにやってきた。貴族の間で行われる特に中身のない定例パーティで顔を合わせる事になったのだ。

 シェールは私を見つけると進み出てくる。


「あんな方法しかなかったの? あれがあなたにとって最良の方法だと思ったの?」


 前置きもなしにそう言ってきた。


「何の話なのか、まず説明したら? あなたはずっと腹に溜めてたんでしょうけど、私はいきなり言われたんだから」


 チッ……とシェールが舌打ちした。

 こんなあからさまな挑発をするのは初めてだった。シェールは私に近づいてほしくないのだ。

 もう私を友人と見てほしくなかったのだ。

 シェールの姿は私にはまぶしく見えている。私の心臓がシェールから発せられる光で、チリチリと焙られているような錯覚まで感じる。


『こないで。本当に私の事は放っておいて』


 顔では小ばかにしたような表情を見せても、心の奥底では弱気な自分が苦しみもがきながら叫んでいたのだ。

 誰かからの助けがほしい。だが誰かに助けられたところでどうこうなる物でもない。

 ゼルに正面から立ち向かったシェールには、私の行動の意味も心境もわからないのだ。


「あなたには、わからないわ」


 怒りと恨みの混じる言葉にさすがのシェールも身を引いた。

 確かに自分は汚れている。卑劣な手段を使って仇打ちをしようとしている。だがそれは仕方がなかったのだ。弱い自分にはその方法しかなかったのだ。

 シェールは弱い私とは違う。そのシェールは弱い私に自分の方法を押し付けてくるのが残酷であり、傲慢であり、それこそが卑劣であるようにも思えた。


「そちら側の人間は言う事が違うわね。私のような卑しい薄汚れた人間の気持ちなんてあなたはどうでもいいのね」


 シェールは私を見て驚愕したような顔をしていた。

 いつも強気なシェールが一体私のどこに驚いているのか、よく理解できなかった。

 それでも心臓と頭と喉を焼く心の毒を吐ききっていなかった私はつづけた。


「私のような人間には、こんなやり方しか用意されていないのよ。いくらでも侮蔑をすればいいわ。私は汚く汚れているの。あなたなのような高潔な道を歩む事はできないのよ」


 シェールは高潔な道を歩き、私は汚れた道を歩く。この差は、体の芯に刻み込まれている運命のようなものであると感じた。

 そして、その瞬間、私はシェールの事を粉々に砕いてやりたいと思っていた事に気づいたのだ。


「この話をどう受け取ろうともあなたの勝手よ。私は私のやりたいことを続けるだけだけど」


 リーシアはすぐに当一に背を向けた。

 そのまま当一の前から歩き去っていく。


「逃げるなよ」


「私はシェールに立ち向かっているでしょう?」


 当一から声をかけられると、リーシアはピタリと足を止めた。


「シェールに勝ちたいのなら、真正面から戦いを挑んだらいいだろう?」


「ただ勝つだけじゃ意味がないの。腐った方法を使って勝つ事に意味があるの」


「それで恨みが晴れると思っているのか?」


 当一の言葉にリーシアは振り返った。


「そんな事何度も自問自答した後なの。シェールと真正面からぶつかれば勝てるでしょうよ。勝負に勝てばそれで済む話じゃないのよ」


 自分は汚れた人間であるとシェールの前で証明したし、おそらく貴族クラスに人間にはそれが知れ渡っている。

 今更心を入れ替えるなんてできない。一番のいい方法は、汚れた方法で、汚れた自分が、勝負に勝つことだ。


「今更心入れ替えたところで、自分の存在価値が回復するとも思えないし、それは過去の自分を無駄だと自分で決めつける事になるの」


 自分で自分を追い込んでいるリーシア。


「いまさらそんな事を考えても意味がないのよ。私の罪を消して過去を全部なかった事にする方法があるなら教えてみなさい」


 自分の存在価値がゆらいでいる。それを維持するためには間違った方法で勝つ事であるとリーシアは考えているというのだ。


「お前はシェールがうらやましいんだ。彼女の持つ、強い心を、お前もほしいと思っている」


「さっきの話が他の意味に取れたの?」


「だけど、手に入れる事なんて絶対にできない。だからせめて、シェールの心を折ってやりたいと思っている。つまりはそう言う事だろう?」


「ハンドレッドエッジ」


 リーシアが言うとリーシアの回りに無数の魔力で作られた剣が現れた。

 それは一斉に当一に向かっていく。

 当一に到達する前にハンドレッドエッジは幻想王の指輪から発せられるバリアに弾かれてしまった。


「いいかしら? そんな事ずっと前から自覚しているのよ。説教をしたいなら、壁にでも向けてしなさいな」


 リーシアの魔法を受けて恐怖で言葉を失う当一。


「あと二、三回くらいでバリアが壊れるかもね」


 そう言い捨てたリーシアは洞窟から外に向かっていった。

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