第7話 ぬけがらの私

シェールが帰った後、自分の行動に嫌気がさしてきた。


「でも、あんなの成功するわけがない」


 真正面から挑んで勝てるはずもない。自分には自分の戦いがあると考える事にした。


「リーシア。本人から決闘の話を聞いたね」


 後ろからかけられる嫌な声。ヴィッツの声だ。


「ゼルに言われてね。シェールはどんな武術を使うのか? とか聞いておきたいって言うんだ」


 つまり敵の視察である。

 私から聞き出そうとするあたりから、ヴィッツの面の皮の厚さを感じ、腹立たしくなる。


「君も友人が今のままではいけないというのもわかるだろう。力を付けるために修行をさせてあげるべきなんじゃないかな。それが彼女の為だろう?」


 もうお前は何もしゃべるな。

 シェールの事を心配するような口をききつつ、友人としてできることをしてあげろという説教じみた事まで言い出す。

 前までの私なら、頭が沸騰していたはずの言葉だ。


「彼女は剣術を使います。剣術に疎い私にはそれ以上の事は分かりかねますね」


「前から思っていたが、君は本気でボクの師事を受ける気がないんじゃないかな。どこか上の空に感じるんだよね」


 ヴィッツは口に出す必要もない言葉を言う。だからと言ってあなたを殺そうとしてますなんて言うわけにもいかない。


「レーズは弱いから負けた。自分に師事をくださる方は強いほうがいいに決まっています。レーズに勝ったあなたに、不満など一欠片もありません」


「それは、ボクの事を信頼してくれているという事かい?」


 ヴィッツは私のすぐ後ろにまでやってきた。

 私の覆いかぶさって胸をまさぐり始めた。

 怒りとか、恐怖とか、嫌悪とか、そんなものを感じる暇もなかった。

 驚き体が硬直をした。だがそれもつかの間。

 私は頭の中が真っ白になっているにも関わらず、笑顔になって自分で自分を呪いたくなるような言葉を吐いた。


「うれしいです。もっとしてください」


 それでビクリと驚いて身を引いたヴィッツ。

 ヴィッツが私から離れ一礼をした後に歩いて行った。


 私が言ったのは風呂場だった。

 頭からお湯をかぶるが体中を蝕む心の汚れは落ちはしない。


「なんであんなこと言ったの?」


 自分でも自分の言った事が信じられなかった。レーズの仇であるはずなのにヴィッツに従って媚びを売った。

 シェールは自分の意思を貫き通して正々堂々と戦おうとしている。

 自分は意思を隠して醜い方法で戦おうとしている。

 どちらが馬鹿者かは火を見るよりも明らかである。正面から戦って勝てるはずもない。湯船に浸かると私の目じりから涙がこぼれていった。


「なんで私は泣いてるの?」


 理由なんていくつも思いつく。悔しさ、怒り、自分への情けなさ全てが混じっている黒く汚れた涙なのだ。

 ヴィッツにまさぐられた胸に手を当てた。

 触られた瞬間から蟲が這い回っているような不気味な感触を感じ、それがいっこうに抜けはしない。

 誰もいない風呂場で人知れず泣く私は、幽霊のように実体のないはかない存在であると、自分自身すらも感じていたのだ。


 決闘はシェールが勝った。

 ギリギリの辛勝であり戦いはすべてゼルの優勢進んでいたのだ。だが決闘は結果が全てだ。

 シェールはスタークの敵討ちを成功させたのである。

 私は胸がすかない感じでそれを見た。

 彼女のように真っ当な方法での敵討ちなど考えていない私は、真っ当な方法で敵討ちをしてしまったシェールを心の底では呪っていたのだ。

 だが彼女を呪っても意味のない事。呪いを胸に仕舞った私は自分には自分の道があると、自分自身に言いきかせた。

 それから先虎視眈々と機会を狙い続ける。

 ヴィッツはいつも砂糖を紅茶に入れて飲む事に目を付けた。

 私はそれからストレートが好きなフリをして紅茶には何も入れなかった。

 苦い味が口の中に広がるが、いつも感じている苦々し感覚と比べれば、こんなものなんでもない。

 警戒心を解き紅茶の毒見もしなくったヴィッツ。

 決行の日を決めると。こっそり買った白い粉末状の毒を砂糖に混ぜたのだ。

 態度がおかしくならないようにいつもどおりにふるまう。

 ヴィッツが紅茶に砂糖を入れる姿を心臓をバクバクさせながら見守った。

 期待、怒り、嫌悪。そして後悔を抱えた私の心臓が心待ちにし続けてきたこの瞬間を見守った。

 スプーンを使って紅茶に砂糖を入れる動作。ティーカップを持ち上げる動作。口元にカップを持っていく動作。

 それらすべてがあっさりとよどみなくされていった。

 視線の先を自分の紅茶に落としながら横目で見つめた。

 計画はあっさり成功してヴィッツは泡を吹いて絶命した。

 突然の事にその場にいた使用人たちは慌てふためき部屋から出ていった。

 両親に私がレーズを毒殺したことを伝えに行くのだろう。

 これで私も犯罪者になった。だが、心は晴れ晴れとしており、後悔なんて全くするはずもないくらいにすがすがしい気分になれたのだ。


 すぐにお父様のところに呼び出された。


「リーシア。何をやったのかわかっているのか? 自分がしでかしたことの重要さを分かっているのか?」


「分かっております。覚悟も付けております。反省などみじんもありません」


「開き直り切っているという事か。事情を知ったうえで、レーズを雇った私も悪かったが」


「どのような処罰でもお受けします」


「死んでみろとでも言えば本当に死にそうだな」


 父がそう言った。確かに、死んでもいいくらいの気持ちであったのだ。

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