第6話 まぶしい姿
胸には嫌な感覚がふつふつと浮かんだ。
ヴィッツは私のこの反応に気づいてはいなかった。
反応の見えない私に、ヴィッツはさらに続けてきた。
「王の候補の師ともなると、いくつもの役得がある。候補者の親はもちろんそれなりに身分の高い人間だ。そういう人達ともお近づきになれる。
もし、君が王の資格を得るような事になったら、王を育てた人間という事で周りから色眼鏡で見られるようになる。
『あんなこと』は水面下で行われている事の一つにすぎないんだ。
君の師のレーズだってどうやって君の師の位置を得たかなんてわかったもんじゃないんだよ。
それに、君だって三年後には否応なしに戦う事になるんだ。いつまでもヌケガラのようにしているわけにもいかないっていうのもわかっているだろう? 今から強くなっておかなくちゃいけないし、そのためには指導者が必要だ」
ヴィッツが言っているのは本音だろう。
私の父は現在の王の従妹にあたり国政でも重要な役割を担っている。私の師になるという事はその父に近づけるという事。
私が戦いで王になれば周りの人間がヴィッツを色眼鏡で見る事になる。
そのためには、卑怯な方法を使ってレーズを亡き者にしてその後釜に座るだけの価値がある。そう言いたいのだ。
だが的外れな弁護もいいところだ。私にとってはレーズを卑劣な手を使って殺した事が問題なのである。
それどころか、ヴィッツはその行為を『あんな事』と切り捨てた。
「それに、君が嫌だと言っても、ボクが君の師になる事は決定したよ。次の師になる事を決めてもらったからね」
そしてヴィッツは続ける。また何か汚い手を使って私の師の位置に立ったのだろう。
その言葉で、胸に居座る悪い虫がはじけ飛ぶような感覚を感じた。その瞬間が私が完全にねじれた瞬間だったのだろう。
胸の怒りがはじけ飛んだあとは逆にスッキリした気分になった。力が入らない手も、活力が湧いてきた。
泥の中で身動きが取れないような拘束感から解放された私は、ヴィッツに向けて笑顔を見せた。
「何を言っているんですか? 私は嫌だなんて一言も言っていませんよ」
私がそう言った時、ヴィッツは身を引いていた。笑顔のつもりで作った顔だったが、何か恐ろしいものにでも見えたのだろうか?
「よろしくおねがいします」
親から躾けられている物腰の柔らかい礼をしてヴィッツに向けて言った。
困惑した表情をしながらもヴィッツはその言葉を受け入れた。
当然、私はヴィッツの事を師と認めたわけではなかった。
隙を見て、彼に復讐をするつもりだった。そのためには彼を側に置いておくのが一番だと考えたのだ。
自分の師という事にすれば常に目の届くところにヴィッツがいる事になる。
その後、何度も彼の様子をうかがった。ヴィッツが隙を見せる瞬間をじっと待ち続けた。
彼の指導が終わった後二人で紅茶を一緒にする。
その時の彼も用心深く紅茶を少しだけ口に含ませるのだ。
毒にも致死量というものがあるし、食べたら嫌な味や匂いがする場合も多い。
用心深い彼は自分に出された紅茶を毒見してから飲むようにしているのだ。
これは前の私の師であるレーズが私に教えたことだ。
ヴィッツは隙を私に見せないようにしている。
忍耐強く。用心深くチャンスを待つ必要があるとその時に感じた。
ヴィッツの指導を受け始めてから一か月くらいの時間が経った頃、シェールが私のところに訪ねてきた。
久しぶりに会う事ができる。うれしくなった私は使用人の言葉を聞きシェールの待つ応接間に向かう。
「シェール。久しぶりね」
シェールの顔を見ると泣きたくなるくらいにうれしかった。
私はヴィッツの隙を伺おうとして、いつも神経をピリピリとさせていたのだ。久々に自分の辛さを打ち明けられる者に出会えたと思った。
だが、シェールが私の事を見る目は冷たかった。
「ヴィッツの師事を受けているそうね」
それが原因なのか。
氷のように冷たく固めていた心だが、シェールに会えて溶けていこうとしていた。その心がまた冷えていき、前よりも冷たく、硬く固まっていくのが自分の胸のざわつきからわかった。
自分が心の中に秘めているヴィッツへの殺意を打ち明けてはいけないのに気づいた。
私がこんな事をしていると知ればきっとシェールは私の事を今よりも軽蔑するに違いないと思ったのだ。
「師匠がいなくなったからには代理はどうしても必要でしょう?」
すぐ後ろにいるヴィッツが私の言葉にうんうん頷いているのが感じられた。
心の底からわ湧き上がる殺意を押し殺し私は笑顔を作った。
その笑顔にシェールは何を感じたのか? 私に殺意を向けているような表情だった。
シェールは私に口を開く。
「私はゼルと決闘をする。あなたにもそれを見せたいの」
師匠達を殺した男の片割れであるゼルは、ヴィッツのようにシェールの師としての地位をかっさらっていたのだ。
シェールは私とは違いゼルの指南を突っぱね続けているという。
『あなたが私に勝ったら指導を受けようじゃない』
そう言い。決闘をするという話に持ち込んだのだという。
だが、まともに正面から戦って勝てる相手とは思えない。二人は卑怯な手を使って私達の師の地位を手に入れているのだが、彼らの能力が低いという意味ではない。
今はまだ練習生の身である私達に勝機はないと思った。
「勝てる勝てないなんて関係ないの。私は騎士道にしか従わない」
勝ち目の薄い相手でも正々堂々正面から立ち向かっていくシェール。
自分の腐った目ではまぶしくて彼女の事を直視できなかった。
シェールは時間と場所を教えたらすぐに帰っていった。
長い間離れていたのだ。つもる話もあろうものだろうが、彼女にとってはそれはどうでもいいものであるらしい。
口に出して私を責めたりはしないものの、彼女にとって自分は敵に分類される人間なのだと理解できた。
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