第5話 歪んだ決闘

 当一はある洞窟の中にいるところで目を覚ました。


「初めまして。私はリーシア。当一君っていうらしいわね」


 目を覚ましたのに気づいたリーシアは当一に声をかけた。シェールに対するようなものではなく、やさしげな態度である。


「ずいぶんと丁寧な挨拶で」


 リーシアの態度は朗らかに見えるが、自分に足かせが取り付けられているのに気づいた。先に重い鉄球を取り付けられており、動くのもままならない状態だ。


「これは一体どういう状況なんだ?」


 当一が聞くとリーシアは説明をし始めた。

 昔、シェールと自分には因縁があった事。それを打ち払うためには自分はシェールに勝たないといけない事。そのために当一をさらった事。


「こんな事をしないと晴らせないような事なのか?」


「そうね。あなたには話してもいいかしら」


 悲しげな顔をするリーシア。シェールに対してするような小ばかにした態度は、ここでは全く見えなかった。

 そのままリーシアは話し始めた。


 私、リーシア・ドーラーの運命はその瞬間からねじれてしまった。

 それを見てしまったのは不幸だったのかもしれない。

 三年前の自分はシェールと一緒に自分の師匠の決闘の様子を物陰から盗み見ていた。

 私の横には目を輝かせて自身の剣術の師の勇姿を期待するシェールがいた。そして、私もシェールのように目を輝かせて自分の師の勝利を期待していただろう。

 魔法の望遠鏡を使い向こうからは確認できないほど遠くにある林の中から、二人の師の姿を確認していた。

 剣士のスタークと魔術師のレーズといえば少しは知られる名であったという。

 壮年となり、冒険者を引退した今、王の候補者を決める戦いに参加した私達に剣術と魔法を教えてもらっているのだ。

 化粧台のようなサイズの魔法の鏡には、敵を待ち構える老剣士と老魔術師の姿は威厳のある堂々とした姿が映されていた。

 敵は何人もの男を連れてやってきた。

 決闘は二対二で戦うはずであるにもかかわらずだ。

 それから行われた戦いは決闘などと呼べるようなものではなかった。

 師匠達を囲んでのリンチである。

 シェールと私はそれを呆然として見ている事しかできなかったのだ。


 町に戻ると見たことを全力で訴えた。

 裁判所にも訴えたのだが私達の主張は受け入れられなかった。



『リーシア・ドーラー並びにシェール・グスタークは、今回の決闘で亡くなった二人と師弟関係にあるため、剣士スタークと魔術師レーズの事を弁護の為に嘘を言っている可能性がある。

 対戦相手であるゼル並びにヴィッツの証言から、二人が決闘の場にいなかったことが証明されている。それに対して魔法の鏡で見ていたという事だが、それを証明する手立てはない』



 裁判所の決定はこのようなもの。

 一言で言えば『証拠不十分で釈放というものであった。

 師匠を殺したゼルとヴィッツの二人がしたり顔で元の生活に戻っていくのを、私はシェールと共に苦々しい顔で見送った。


 その後、私はあまり外に出なくなった。敬愛していた師匠があんな形で殺されたショックは大きく、長くの間私は無気力状態が続いたのである。

 シェールと会うのは合同練習をする時が多かったため当然シェールとも合わなくなった。

 同じ境遇に置かれているシェールは今どうしているのかを考える。

 自分と同じように塞ぎこんだままなのだろうかと思うと、確認したいと思うものの体に力が入らず指一本を動かすのも面倒な状態であった。

 自身がどんどんと泥沼の中に沈んでいくような感覚である。深く深くに沈み込んでしまうほど、この沼から抜け出すことができないのは十分理解している。

 だが、気力がわかず力が出ない。

 それが何日もの間続き、これではいけないと思った両親が暇を見て私を外に連れ出すようになった。

 そして、また私がねじれる瞬間がやってくる。


 そこは貴族の荘園の一つだ、保養地として使われる場所であり、閉塞感のない気持ちのいい場所である。

 遠くでは牛を飼っている牧場が見え、ここから見える繁華街にはその牧場の牛から絞ったミルクが売られている。

 その荘園の中心にある噴水の設置されている広場に私はいた。

 人が周りにいない、隅の目立たない場所にあるベンチに座って空を見上げていたのだ。

 そこにあの男がやってきたのだ。


「お嬢さん。お隣よろしいかな?」


 憎たらしいくらい爽やかな笑顔でそう言ってきたのは師匠を殺した男の片割れであるヴィッツだった。

 驚いて声をあげられなかった。私の了承の言葉も聞かずに隣に座ったヴィッツの顔を見ることができず、私は俯いた。

 そこで、ヴィッツはつづけて言ってくる。


「僕が君の師になることが決まった」


 ドクンと音を立てて心臓が絞られる感覚を感じた。

 足元が崩れていくような絶望感に襲われる。のどが張り付いたように硬くなり、腕にも力が入らない。次に何を思えばいいかを考えるのも面倒なくらいだった。

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