第3話 お前を止めるためだ
人に指示を出し世界が回るように考える。そして無慈悲な指示も出さないといけない。大のために小を犠牲にする決断も必要である。
まずは人心の掌握。飴と鞭を使い人を操る事。役立たずのジェズルをこの戦いの参加に乗り気にさせる事がまずこの戦いのはじめの一歩なのだというのだ。
「私はこの国の女王になるから」
「何を悦ってんだよ」
当一にはこんな事は理解ができない。女王というのは優しく、気高く、知的であるべきだと思うのだ。
「なら一回だけメイディーに指示を出す権利をくれ」
「いいけど。私に指示を出すように言えばいいんじゃない?」
「いいから寄越せ」
疑問があるような顔をするシェール。
「当一に一回だけ指示を出す権利が与えられます」
鎧の中、胸に光る袋が浮かび上がってきた。薄い鎧らしく、強い光によって、中身が透けて見えてきた
当一が目をそらすと、シェールは『キャッ』っと声をあげてうずくまった。
この氷のようなシェールにも、女の子らしい一面があるのだなと、妙に納得する当一。
「これで一回だけメイディーに指示を出せるわ」
うずくまったまま当一に向けて言う。
「今のは事故だ」
「見えたのね?」
当一もいらない事を言うからシェールに感づかれる。シェールの眼光が悔しさと恥ずかしさで染まっていくのを見て、当一は目をそらした。
「指示を一回だけ出せるなら」
当一が言った言葉はシェールには理解できないものだった。
「何を考えているんだか?」
当一は遠くに見えるメイディーに手を振っていた。
『何も指示なんてださない。君は君のやりたいようにやればいい』
当一はそう言った。勝ったというのに、何もせずに解放というのだ。
「あのねぇ。戦いっていうのは命の削り合いなの。勝ったら、敗者からできうる限りのものを手に入れて、自分を強化しておかないと、次の戦いでは負けるかもしれないのよ」
みんな、同じことをやっているんだから。そう言いたいらしい。
シェールの言葉から勝つ事しか考えていないのが見える。
「勝つことだけが全てか?」
「すべてとは言わないけど、ウエイトは大きいわよ。勝たなきゃ先がない世界なんだし」
「勝てればいいってもんでもないだろう?」
昔の騎士は当一のような考えだった。だけど、敵から奪えるものがなかったというのが一番の理由。
土地を手に入れても、管理しきれないし領民からの反発もある。
だから、敵を捕虜にして身代金を手に入れ、その金で稼ぐのが中世の戦いの原則だった。
昔の騎士はその事を美化して考えている。
戦いをただの命の取り合いなどではなく神聖な儀式であると位置づけ、勝利を重ねた者は英雄になれた。
「この戦いは神聖なものでもなんでもないの」
戦いは命の削り合い。負けたら後がない真剣勝負。その過酷な戦いを乗り越えた者のみが王座を手に入れることができるというのだ。
「仲間割れで割いている時間はないの。あんたもいい感じで折り目を付けてほしいのよ」
「なら、俺が最後まで付き合うと約束すればいいんだな?」
「そういう事よ。でも今の状態であんたが私に協力する理由はないでしょう?」
「理由なんて関係ない」
当一は言う。理由なんて関係ない。シェール達の戦いの姿を見て、胸が憤ったのだ。
「お前を止めるためだ」
きつく睨む当一だが、シェールはそれにキョトンとしていた。
当一は逃げ惑うメイディーを追いかけたシェールの姿を思い出す。恐怖で逃げ出す敵を問答無用で追い回す様子からは、王に必要な誇りや気高さなど感じることができなかったのだ。
「俺はお前を止めるために戦いに参加する」
当一の言葉に、シェールは怪訝な顔をして眉根を寄せた。
魔法陣を作り出し、また当一の部屋に戻っていった。
「これからどうする気だ?」
当一がシェールに向けて聞く。
「適当に宿を探すわよ。それくらいの覚悟は付けているから」
そう言い、シェールが部屋から出ようとしてドアノブに手をかけると、部屋の外からドアが開けられる。
「ならずっとうちに泊まってもいいのよ」
当一の母の祥子が言う。
そう言い、祥子はシェールのものと思われる布団を抱えていた。
「すっと女の子が欲しかったのよ。当一なんて甲斐性なしだし、気が利かないし、ズボラだし、もう最悪」
いきなり当一の不満を語りだした祥子。
シェールは祥子の言う事についていけないようだ。
渡されるまま布団を受け取り困惑に飲まれて動けなかった。
「うちはお夕飯は六時にする事にしているから、その時間までには帰ってくること。帰れなそうだったら連絡くださいね」
「えーと。とりあえず聞くんだが。お母さまは今の状況がどんな状況だと思われているのですか?」
「当一が女の子をたぶらかして家に連れ込んだって状況かな?」
「泣けばいいか笑えばいいか、分かんないんだが」
祥子は昔から細かい事は気にしない性格だったが、まさか、人間一人がうちに居着くことになってもまったく問題ないような様子だった。
事態を飲み込めずにポカンとした表情のシェールは、当一の方に顔を向けた。シェールが聞きたがっている事の分かる当一は先回りして答える。
「うちの母さんの事なら何考えているかを、気にするだけ無駄だと思うぞ」
鎧姿の女の子が入ってきても平然と家にあげて布団を薦める。そんなものは、気にしないほうがおかいしいというものだ。だが祥子にとってはほんの些細な事らしい。
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